第12話 どうしてこうなった⁉︎
「…………」
目の前で頭を揃って下げる男女を見て、俺は言葉に詰まった。
左前、扉を開けて来訪者を確認したメイドのフランもまた、その光景を見て固まる。
無礼な態度が許されるというのなら、この場で俺は今すぐにでも叫びたい気持ちに駆られた。「どうしてこうなった!?」と。
だが、真面目な顔で俺を見るなり勢いよく頭を下げた、どう見ても貴族っぽい二人を前に、そんな冗談……いや冗談ではないのだが、ふざけた態度は取れなかった。
ひとまず、短い硬直から解けた俺が慌てて彼らに声をかける。
「あ、頭を上げてください。急になぜ……」
状況が理解できないことを察してくれたのか、やたら美形な……夫婦? は素直に頭を上げてくれた。
ん? 女性のほうはなんだか見覚えのある顔だ。知り合い? いや、さすがに大人の知り合いはそんなに多くない。社交界でも顔を合わせているなら、すぐに思い出せるはず。そうでないということは、遠目にでも見たのかな? それにしては違和感を覚えるが……答えは出ない。
うんうんとひとり頭を捻っていると、先に彼らのほうから口を開いた。
「いきなり困惑させるような真似をしてすまない。君を困らせるつもりはなかったんだが、どうしても我々の感謝の気持ちを受け取ってほしくてね」
「感謝の、気持ち?」
余計、ワケがわからない。
頭上にいくつもの<?>を浮かべ、その先を促す。
「ええ。わたくし達はおおいに感謝しています。娘の恩人であるあなたを」
「娘の恩人……娘!?」
答えが、唐突に降ってわいた。
それだけ聞けば今朝の件も含めてわかる。
そうか。そうだったのか。男性のほうはともかく、女性のほうは妙に既視感を感じると思っていたら、彼女はウィクトーリアの母親だったのだ。そりゃあ顔が似てるよ。親子だもの。
っていうか、ヘルメスの記憶にあったわ、この二人の顔。言われてからパッと脳裏に過去の記憶が浮かんだ。便利なんだか不便なんだかよくわからないな……
しかし、公爵とその夫人である二人が何の連絡もなしに訪れるとは想像もしてなかった。そもそも俺は、過剰な感謝など伝えられても困るだけだ。すぐに退散したのもそれが理由だったりする。
にも関わらず、恐らくウィクトーリアから俺のことを聞いたのだろう。大事な愛娘を救ってくれた恩人として俺のことを認識した二人は、わざわざこんな所にまで足を運んでくれた。逆に恐縮してしまう。
「我々の事情を察してくれたようだね。君とはパーティーで何度か顔を合わせているが、改めて名乗らせてもらおう。私の名前はジルベール・フォン・ラナキュラス。立派な君に比べて投資家なんてちんけな仕事をしていてね。正直、君の才能が羨ましいかぎりだよ」
どこがちんけな、だ。貴族の中で一番の金持ちだろラナキュラス家!
才能に秀で、数々の分野で成功を収めたルナセリアとは、違う意味で驚異的な権力を持つ。小さいどころか巨人並みにデカいぞ。
「わたくしはアイラ・フォン・ラナキュラス。こうして話すのは久しぶりになるわね」
「これはこれは。ラナキュラス公爵様と公爵夫人に会えるとは、光栄のいたり。すでに知っているでしょうが、こちらも名乗らせてもらいます。ルナセリア公爵が実子、ヘルメス・フォン・ルナセリアです」
「うむうむ。ルナセリア公爵は相変わらず優秀な人材を育てているようだ。大人を二人も相手にして圧倒したのだろう? ヘルメスくんは優秀な騎士や魔法使いにもなれるね」
「あはは……そうだと嬉しいです。それより、立ち話もなんですからお入りください。寮の部屋なので狭いのはお許しを」
「構わないとも。いきなり押しかけたのはこちらだ。むしろ迷惑をかけるね」
部屋の奥へ二人を招き、フランにはお茶の準備をしてもらう。幸い、貴族のための部屋だけあって、来客を招く程度の家具はあった。
ラナキュラス公爵たちは高級ソファに腰をおろし、あとから運ばれたフランのお茶を飲みながら会話を続けた。
俺にとっては胃痛になるほどの内容を語る。
「……それで、娘は何度も君のすごさを語るんだ。魔法を使って一瞬で暴漢たちを切り伏せた、とね。まだ十五歳だろうに、本当に優秀だ。武芸に秀でた天才というのは、身近にいると安心すると思わないかね?」
「は、はぁ……」
かれこれ三十分は娘を含んだ俺の話が続く。
正直、褒められすぎて気分が悪い。嫌とかじゃなくて、恥ずかしい。
しかもたった一日で俺の話に尾ひれがついてるじゃん。斬ってませんよ? 殴り倒しただけです。でも訂正すると無礼にとられるかもしれないので、黙って笑顔を浮かべながら聞き流す。
すると、公爵は信じれないことを言った。
「わかってくれるかい? そこでヘルメスくんに提案があるんだ。ここへ足を運んだ理由の一つだね。聞いてくれるかな?」
「提案、ですか? 俺にできることであればなんなりと」
護衛とか調査の依頼かな?
まだ子供だけど、信用は勝ち取ってるっぽいし、内容次第では請けてもいい。成長に繋がるかもしれないからね。
「ありがとう。提案というのはね……娘のウィクトーリアを——嫁にどうかな?」
「え」
公爵の言葉が聞こえた途端、俺の体はフリーズした。思考まで一瞬止まる。
数秒後、冷静になって考える。
嫁? 嫁ってなんだ?
柔らかくて噛み応えのある、白くて艶々とした食べ物の話?
それって
……無理だから!
冗談を交えてみたらすんなり受け入れられるかと思ったが、どう頑張っても納得できなかった。
ガタガタと全身を震わせながら、なんとか言葉を絞り出す。
「そ、それは……あの……婚約者、に?」
「うんうん。その通り。娘を任せれるのは君しかいない! 実際に娘を守った君なら、家柄も人格も保証されたようなものだ。どうかな?」
「どうかなって言われましても……正直、困ってしまいます」
「どうしてだい? 私が言うのもなんだが、娘のウィクトーリアは美人で器量もいい。きっと君に尽くしてくれるはずだ」
「そういう問題ではなく……公爵家同士の婚約をそんな簡単には決められないでしょう? 陛下にもその旨を伝えないと。それに、俺にはまだ……恋愛は早いと思っているので」
「確かにポンポンと我々が決められるほど簡単な話ではないが……ほほう?」
きらりと公爵の目が怪しく輝く。
獲物を狙う鷹のような鋭い眼光が飛んだ。俺は必死に続ける。
「俺はまだ、中途半端な強さしか身に付けていません。それではいけないのです。もっと先を、もっと強さを、もっと魔法を極めたい。そう思っているのです。そのためには、それ以外を捨て去ってでも前を向く必要があります。だから、婚約者にとの話には承諾できません」
言った。言い切った。頑張った俺。もう休んでいいよ……目の前に公爵がいるから無理だけど。
公爵は俺の言葉を受け止め、瞼を閉じると何度も頷いた。そして、少しすると再び目を開く。どこか納得したような清々しい表情で笑った。
「なるほど。素晴らしい向上心だ。ルナセリアの一員として相応しい。だからこそ、君は強いのかもしれないね」
「あなた……」
「いいんだ。最初からこうなることは何となく予想がついていた。残念な気持ちはあるが、彼の意思を尊重しよう」
ホッ。どうやら公爵は俺の言葉に納得してくれたらしい。
肩の荷がおりて固まった筋肉が弛緩する。
「けど、私は諦めたわけじゃない」
「え」
「君が高みを目指すなら、少しくらいは待とうじゃないか。まだ若い。貴族としていずれは結婚しないといけないだろうし、その時になってまた答えを聞かせてもらおう。なに、君ならすぐに強くなれるよ」
「それがいいですわ。お願いしますね、ヘルメス公子」
「…………あ、はい」
いやぁああああ!!
こんなの断れるわけないじゃん!?
家柄は同格とはいえ、相手は現役の公爵。当主!
片や俺は両親の威光を借りるだけの息子! 無理だから! どうしてこうなった!!
満足げに笑い、そろそろ仕事があるからと帰っていった二人を見送ってから、フランの「ご愁傷様です。やりましたね!」という言葉に涙を流し、勢いよくベッドにダイブした。
この短い時間で怒涛の情報が俺の中に流れ込む。
疲労も相まって、途中から俺は考えるのをやめた。ダメ。イガイタイ……。
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