第11話 早すぎる再会
月曜日。
メイドのフランと共に教室へ入った俺は、ニコニコと目の前で笑う少女を見て戦慄した。
彼女は豊かな銀髪を揺らしながら口を開く。
「おはようございます、ヘルメス様。ヘルメス様のおかげで、こうして今日も学校に通うことができます」
「ウィ、ウィクトーリア嬢……」
特徴的な銀色の髪。強い意志の込められた紅い瞳。微笑む姿は美少女のそれで、俺と同じモブには見えない。けれどゲームには登場しない、それでいてヒロインのようなイベントを一緒にこなした少女がそこにいた。
さすがに一日経っただけじゃ忘れない。俺が昨日、暴漢たちから助け出したご本人だ。まさかクラスメイトだったとは……
ヒロインと主人公以外の自己紹介は全部スルーして聞いてなかったツケが、こんな形で現れるとは……
ぐぬぬ、と狼狽える俺とは裏腹に、目の前の公爵令嬢様はとびきりの笑顔で言った。
「はい。改めてお礼申し上げます。昨日はありがとうございました。ヘルメス様のおかげでこうして学校に通えます」
「ど、どう致しまして。ウィクトーリア嬢が無事なら感謝の言葉はもう必要ありませんよ。俺としても、お守りできてよかったです」
くそぉおお! 同じクラスの人間だと知っていればわざわざ危険を冒してでも助けたりしなかった……ことはないな。俺はきっと彼女が誰であろうと必ず助けた。誘拐されそうになってる女の子を簡単に見捨てられるような人間ではないのだ。
でもどうせなら、カッコよく登場する前に素顔くらい隠しておけばよかった……。そうしたら彼女の好意を受け取らなくて済んだのに……
喜んでもらえるのは素直に嬉しいし、助けた甲斐があると思える。だが、公爵令嬢なんて物騒な肩書きを持ってる子に少しでも気に入られたら面倒だ。ただでさえ、両親から婚約者はまだ決めないのかい? という鋭い視線に晒されているのに。
なんとか回避できてるのは、王立第一高等魔法学園のおかげ。卒業したら問答無用で婚約者をあてがわれるに違いない。
そうでなくとも彼女みたいな身分の女性に気に入られたら、諸手を上げて両親が婚約に賛成してしまう。……いや? 公爵家同士だと逆に破談になるのでは? 権力が貴族のみに集中しすぎると王家が困るだろうし。
とはいえそれでもウィクトーリアの存在は厄介だ。
仮に、仮だぞ? お礼とかなんとか言って俺の時間を奪われたら……困る! 共通イベントもあるのに悠長なことなどしていられない。
クラスメイトとくらい仲良くしろよ~、と思うだろうが今の俺にそんな余裕はなかった。心の余裕もなかった……
「ふふ、ヘルメス様は謙虚なお方ですね。見返りを求めないとは、まるで騎士の鑑。それでもお礼を返さないといけないことは、同じ貴族ならご理解していただけますよね? 楽しみにしててください」
一方的に自分の気持ちを話して、彼女は専属メイドとともに自分の席へ戻っていく。
後ろから、事情を知らないフランが「昨日、なにがあったんですか?」と詰め寄ってきた。ほぼほぼゼロ距離で感情の抜け落ちた顔を向けてくるものだから、怖くてゲロってしまう。
実は俺が、彼女に秘密で暴漢を二人も撃退した話は……見事にフランの堪忍袋の緒を切り落とし、授業が始まるまでの間、ぐちぐちと彼女のお説教が続くのだった。
くそぉう、ウィクトーリアめ。余計なことを。
席に戻ってもニコニコ笑顔を向けてくるウィクトーリアを睨みながら、心の中で愚痴をこぼす。
どう考えても悪いのは自分だった。
▼
フランに精神攻撃を受けたこと以外は、特になんら問題なく時間は過ぎ去っていった。高くもないが低すぎるわけでもない知能のおかげで、授業についていくこと自体は簡単だ。
午後の授業も全て終わり、教科書を鞄に詰め込む。やや重くなったそれをフランに渡して、俺はさっさと寮へと戻る。
平日は授業以外にやることがない。休日ならひたすらダンジョンに潜ってレベリングをするのだが、休日以外の外出は門限が厳しいため自粛してる。であれば自ずとやれることは限られた。そして、それは自室でできる程度の鍛錬だ。
席を立ち、振り返ることなく教室を出る。自分で言うのも哀しいが、入学して数日、俺にはまだ友人と呼べる存在はいない。
レア? あれは違う。勝手に付きまとわれてるだけだ。彼女だって同士とか呼んでるくらいだし、勝手に友達認定したら困るだろう。俺も困る。もしもそれを彼女が許可し、今よりぐいぐい来るようになったら……めんどくせぇ。
顔はいいよ? ヒロインだもの。彼女の個別ルートを攻略してる時は、何度も見せる笑顔に癒されたものだ。けど、モブとしてこの世界に転生した俺にとっては、やりたいことを妨害してくる邪魔者にしか思えなかった。別に嫌ってるわけじゃないが、もう少しだけ自重してほしい。周りの目だってあるんだから。
そんな俺の願いが通じたのか、もうすでに教室にはレアの姿はなかった。主人公とラブコメでもしてるのか、その幸運にあやかってさっさと昇降口を目指す。
最後、教室を出る直前に見えたウィクトーリアの口が、なぜか三日月のように曲がっていて不気味だった。視界に映ったので気になったものの、妙な胸騒ぎがするのはなんでだろう?
本能が、何かしらの違和感を感じ取ったのかな? 俺にそんな能力はないけれど。
……そう吐き捨てた過去の自分を殴りたいと思ったのは、自室に戻り、魔法の訓練に精を出している途中だった。
控えめな音で扉がノックされ、俺にとっては非常に厄介な客が現れる。
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