第7話 中級ダンジョン
<魔法の申し子>レア・レインテーナと会話を交わしてから数日。
俺の学校生活は平和だった。
——わけもなく。当然、俺の隣には件のレア・レインテーナが張り付いてまわった。
登校すると真っ先に声をかけられ。昼休みになると昼食を共にし。放課後になると図書室へ行こう! と腕を引かれる。
あれ? 俺の知らない間に学園ラブコメが始まったのか? と思ったが、彼女は主人公のメインヒロインであっても
ただ単純に話し相手ができて嬉しいのだろう。彼女は天才ゆえにボッチだからな。それは理解できる。理解できるが……鬱陶しい!
ベタベタベタベタ学園にいる間はまとわりつかれて、辟易する。こちとら魔法の熟練度上げで忙しいうえ、MPが枯渇するとぐったりするのに彼女はそれを気にしない。一緒になって「僕も魔法の練習する~」と言い出した時は、本気で窓から投げ捨ててやろうかと思った。
だが、メインヒロインたる彼女にそんな乱暴な真似などできず、かと言って「用事があるから……」と言ってもその場凌ぎにしかならない。
明日からはようやく楽しみにしていた休日だというのに、すでに俺のHPバーは
そんなこんなでさらに一日。さすがのレア・レインテーナも、校内にさえ足を運ばなければ顔を合わせることはない。今日は休日だ。誰にも邪魔されることなく、俺はダンジョンへと足を運ぶことができる。
レア・レインテーナの邪魔があったとはいえ、それでもダンジョンに向けて準備はしてきた。ストレスこそ溜まったが、彼女のおかげで助かった部分はある。こうして神聖魔法の<中級>も無事習得できたし……今はレアのことは忘れよう。
金にものを言わせて購入した防具を装備し、「ダンジョンなんて危険です! せめて私も連れて行ってください!」と叫び散らすフランをどうにかやり過ごし、やや時間はかかったものの、目的のダンジョンの前にやってきた。
ダンジョンの名前は、中級ダンジョン<嘆きの回廊>。
低位の
不安を胸に、薄暗い地下洞窟へ繋がる階段を下りた。
数分もすれば、やがて薄っすらと光が見えてきて——ダンジョン内部に到着する。
▼
中級ダンジョン<嘆きの回廊>。
その名に違わぬ巨大で陰鬱とした館を舞台に、俺は迷いなく一階の角部屋へ入る。
このダンジョンは、<中級>と付くわりと強い部類に入る場所だが、その実、中級の中でもMobの強さが下から数えたほうが早い雑魚ダンジョンだ。
ではなぜ中級に分類されているのか。
もちろん<下級>に比べれば道中の雑魚もそれなりに強いが、<嘆きの回廊>の特徴はモンスターじゃない。ダンジョンそのものにある。
端的に言えば、——メチャクチャ広いのだ。そのうえ、トラップや行き止まりが多い。初見でプレイした時は「はぁ? また行き止まりかよフ○ック!」と思わず叫んでしまったくらいには、よく作りこまれている。中級ダンジョンごときで本気になるなよ! とツッコミたくなるが、序盤のレベリングには最適なので今は怒るに怒れない。
加えて、転生した俺にはこのダンジョンを攻略した時の記憶がある。それはつまり、内部の構造を完璧の把握しているということだ。ハマった罠の位置も全部覚えてる。そして、レベル1の俺でも中級のモンスターと戦って勝てる可能性が一番高いであろう狩場も、しっかり記憶していた。
それが入り口から最も遠く離れた、右奥の部屋だ。扉を開けると、書斎になってるのか所狭しと本が並ぶ。棚もめっちゃ並んでいる。その隙間に、虚ろな瞳をした(まあ眼球なんて無いんだがそんな風に見える)人型のMobを発見。正式名称はたしか<スケルトン>だ。
「ここまでは記憶通りだな……問題は、ハメ技ができるかどうか」
俺は狭い部屋の中を徘徊するスケルトンに見つからないよう気配を殺しながら、そそくさと窓際の本棚に近寄る。いくつもの本棚の中で、唯一、ここだけが安置たりえるのだ。なぜなら、この窓際の本棚付近には、一体のスケルトンしか近寄ってこない。しかも、徘徊ルートがギリギリ本棚の手前まで。
製作者はきっとプレイヤーにとっての安置を作ったのだろうが……たいへん甘いと言わざるをえない。
何度も周回プレイをしてて俺もあとから気付いたことだが、どうにもこの位置。本棚の裏側に隠れた位置から、徘徊してるスケルトンを一方的に魔法で攻撃できる。
魔法は、物理攻撃と違って効果範囲が広めに設定されている。それが裏目に出た。もちろんモンスターを攻撃すれば
アクション系のゲームによくある相手がスタックした状態になる。距離があまりにも近くて攻撃アクションこそとるが、残念ながら本棚に阻まれて攻撃は届かない。であれば、レベル1の俺でも安全に魔法をぶち込める。それも不死者に対して効果抜群の<神聖魔法>を。
「……よし。きたな」
一定の範囲をひたすら往復する哀れなスケルトンがこちらへ近付いてきた。
十分に魔法が届く範囲までスケルトンを引き付けて——魔法を唱える。
「——<神器>!」
大量のMPが一気に体から抜けていく。次いで、正面のスケルトンの頭上から、眩い光が降り注いだ。純白の光がモンスターを呑み込むと、ものの数秒で消える。当たり前だが、いくら中級魔法を打ち込んでも俺のINTじゃ一発では倒せない。光が消えたあと、僅かに焦げたスケルトンが姿を現す。
「————!」
呻きにも叫びにも怒声にも聞こえる不思議な低い声を発して、スケルトンが真っ直ぐ俺の下へ走る。だが、目の前の本棚にぶつかって一向に距離が縮まることはなかった。どういう原理なのか、モンスターの体当たりを受けても本棚は崩れない。相当重いのか、まるで地面に縫い付けられているかのようだった。
けどそれはそれで助かる。相手がこちらにそれ以上は近づけず、攻撃の届かない距離は理想的だ。念のためしばらく怒り狂ったスケルトンの様子を眺めるが、状況はまったく変わらない。なので、俺は懐から取り出したMPポーションを一気飲みし、再びおなじ魔法を唱える。
「<神器>!」
薄暗い部屋を、眩い光が染めあげた。そこから先は、ひたすら同じことの繰り返しだ。
<スケルトン>を攻撃する。
<スケルトン>が怒る。
<スケルトン>を攻撃する。
<スケルトン>を倒す。
経験値が入る。
<スケルトン>がリポップ。
<スケルトン>を倒す。
購入したMPポーションが尽きるまで、俺の一方的な骨崩しは続いた。途中、レベルが上がったことで魔法の威力が向上し、効率はさらに上がっていった。
そして数時間。
MPの枯渇による体調不良にも慣れてきた頃。懐中時計を確認するともう夜だった。準備に時間をかけ過ぎたな。
そろそろ寮に帰らないと罰則が与えられる。貴族の子息令嬢に門限とか笑えるが、家でも門限あったしお金持ちはお金持ちで誘拐とか苦労が絶えないのだろう。やっぱり平凡が一番なのかもしれない。
そんなことを考えながら、いつの間にか溜まっていたドロップ品——<丈夫な骨>をかき集めた。ゲームだと合成用素材だったな、これ。
ドロップ品が一箇所に集中してるおかげで楽に拾えた。そのまま最後に他のスケルトン共を正面からなぎ倒し、俺は<嘆きの回廊>をあとにする。
基本的に一階は扉の中に入らないかぎりモンスターは襲ってこないし現れない。序盤だけとはいえかなり安全で効率のいい狩場だ。
俺はホクホク顔でダンジョンから出ると、夜空に浮かぶ月を見上げながらさっさと男子寮へと戻った。
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