第321話 騒動の予感
「…………」
朝。
外に出かけた俺は、非常に微妙な表情を浮かべて歩いていた。
なぜ微妙な表情を浮かべているのか。理由は単純だ。
俺の両隣に並ぶ女性二人が、やたら密着度が高い……。
「なあ、二人とも」
「? なぁに、ヘルメス様」
「どうかしたの?」
イリスが甘ったるい声を出し、レアが不思議そうな顔で俺を見る。
現在、俺たちは泊まっていた宿を出て街中を歩いていた。
一種の観光だな。
聖剣を見つけるという目的を達成した俺は、特に予定がなく、こうして二人の買い物、観光に付き合っている。
付き合っているんだが……二人とも、距離が近い。
両者揃って俺の腕を抱き締めながら歩いている。
イリスはまだ分かるんだが、あの魔法馬鹿のレアまで俺の腕を抱き締めているとは……どういう状況なんだ、これ。
むにむにと柔らかい感触が当たり、大変悩ましい。
レアは申し訳ないことに小さいからまだよかった。問題は、大きな二つの塊を持つイリスだ。
腕が埋まってる。そう、埋まっているのだ。
哲学的なことを言ってるって? しょうがない。だって埋まっているもの。
俺だって埋まっている腕を動かしたい。少しばかり離れてくれないかと提案もした。
しかし、今の状況を見ればそれが拒否されたのは明白。
周りからの視線も痛々しいし……観光どころではなかった。
「何度も言うけど、凄く歩きにくい」
「そう? 僕はちょうどいいよ。快適だね!」
グッと親指を立てるレア。彼女、顔が凄くいい。知的さの中に幼さもあって可愛い。笑みを浮かべられると、つい許したくなる。
反対側では、さらに胸を押し付けてくるイリス。
彼女はニヤニヤ笑いながら言った。
「そうですよ~。イリスぅ、ヘルメス様とベタベタしてたーい」
「ベタベタしてる自覚はあったんだね」
「あはっ。さすがに誰にでもこんなスキンシップはしませんよ~だ」
ぺろ、っと舌を出すイリス。
ちくしょう可愛いなおい。
二人にそんな顔されると、無理やり振りほどくわけにもいかない。
正直……この状況が嬉しくないと言えば嘘になるしな。
「それよりぃ、どこに向かってるんですかぁ? レア様」
「ライトの町で一番有名なスイーツ店。昨日見つけた」
「スイーツ! たぶん、イリスが行ったところかなぁ?」
「どうだった?」
「美味しかったですよ~。楽しみですっ」
「昨日行ったのにまた行くの?」
「当たり前じゃないですかぁ! ケーキは何度食べても美味しいんです!」
「……さいで」
イリスの言ってることは理解できないが、楽しそうならまあいっか。
俺も昨日のうちにいろいろあったし、一度甘い物でも食べて頭を働かせるのは悪いことではないのかもしれない。
あのクソ天使が聖剣を押し付けやがったせいで、今後、俺の日常に陰が差す。
おまけに聖剣の使い方はサッパリだし、いまだに一度も拝めていない。
体の中にあるってどういうことだ?
「ヘルメス様、平気?」
「うん? 何が?」
急にレアが首を傾げる。
「昨日からなんだか上の空。ずっと何かを考えてるよね?」
「あー……まあ、個人的な用件でいろいろあってな」
「相談くらいなら乗るよ」
「大丈夫大丈夫。内密の話だから」
「……そう。困ったらいつでも言ってね? ヘルメス様のためなら、力を貸すよ。魔法の礼があるし」
魔法?
……ああ、上級魔法のことか。
前に彼女と一緒に上級ダンジョンへ行き、上級魔法の習得を手伝おうか——と言ったことがある。
あれはあくまでレアが強くなってくれると俺が助かるからなんだが……それに、まだ上級魔法は習得していない。
にもかかわらず、彼女はすでに感謝を伝えてきた。
律儀というか、信用されているというか……ちょっと複雑だな。
くすりと内心で笑いながら、彼女に感謝する。
「ありがとう、レア。俺のことなら心配いら——」
「きゃああああ! 怪我人よ——‼」
俺の言葉の途中、急に遠くから絹を裂いたような悲鳴が聞こえた。
バッとそちらへ視線を向ける。
残念ながら視界に入る所には誰もいない。けれど、聞こえてきた内容に俺は顔をしかめる。
「怪我人?」
「どうやら何かあったようだね」
レアもまた、興味を示しているようだった。
反対にイリスはどうでもよさそうに欠伸を漏らす。
「行ってみよう。俺は神聖属性の魔法が使えるし、何かの役に立つはずだ」
「だね。僕も賛成だよ」
「はあい」
レアとイリスが俺の提案に同意し、三人で声のしたほうへ向かった。
しばらく走っていると、やがて、町の入り口近く、なんてことはない通りの一角に数名の男女が倒れていた。
近くにはまばらに人が集まってくる。おそらく住民だろう。
彼らの横を通り過ぎて、倒れている男女に近づく。
「あれは……装備を持っているね。たぶん、冒険者かな?」
レアが真っ先に倒れている男女の特徴に気づく。
俺も同意見だった。
「みたいだね。この辺りは魔物があまり多いとは聞いてないけど……」
なんだか嫌な予感がする。こういう時は、大抵ろくなことが起こらない。
そう思いながらも、怪我した冒険者たちの傍に寄り、何があったのか住民たちに訊ねる。
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