第196話 青春だねぇ
ヴィオラと一緒に甘味処に足を踏み入れた。
他に誰も客はいないようなので、店先にある長椅子に腰を下ろす。
「いらっしゃいませ。あら~、これはこれは。べっぴんさんたちですねぇ。夫婦ですか?」
店の中から姿を見せた老齢の女性が、口元に手を当てて冗談を言う。
俺は否定しようとしたが、それより先にヴィオラが答えた。
「夫婦です」
「違います」
間髪入れずに俺がヴィオラの言葉を否定する。
ヴィオラは残念そうに口を尖らせた。
「ヘルメス様のいけず……」
「認めたら事実にするくせに」
「当たり前です。隙を見せたヘルメス様が悪いのです!」
「酷い言われようだ……」
「あらあらまあまあ。そういう関係なのね~。若いっていいわ~」
勝手に喜び、勝手に納得する店員さん。
誤解は解いたがまた別の勘違いをされた気がした。まあいいや。
「それより店員さん、団子をいただけますか?」
「はい。団子はお二人分で?」
「お願いします」
ひとり分はだいたい二本くらいだろ。それくらいなら俺もヴィオラも問題なく食べられる。
店の奥に引っ込んでいく店員を見送り、ホッと息をついた。
「団子……初めての食べ物ですね。一体どういうものなんでしょう」
「お米……は難しいか。モチモチした甘味ですよ。柔らかく甘い。腹持ちもいいので俺は結構好きです」
前世でもよく食べていた。お気に入りはみたらしだ。あのシンプルな味付けがたまらん。
「モチモチ……なんだか不思議な食べ物ですね」
「それは否定できませんね。でもたぶん美味しいと思いますよ」
頻繁に食べると飽きる味だが、たまに食べると異様に美味しいんだよなぁ、団子って。
しばらくヴィオラと雑談を続けていると、やがて店の奥から先ほどの店員さんが戻ってくる。
彼女の手には二つの皿があった。
皿の上には餡の乗った団子が。
団子の味になにも言われなかったが、どうやらこの店は餡一本で運営してるらしい。
「お待たせしました。こちら団子になります」
「わぁ! 見たこともないお菓子が!」
ヴィオラは店員さんが置いた皿を見下ろして瞳を輝かせる。
王都と竜の里は別に交易などを行っていない。だから団子は彼女にとって初めての甘味だ。
俺もヘルメスとしては初めてだが、前世の記憶がある分、感動は半減する。
「あら、お客様、団子は初めてなの? ってことは、外から来たお客様かい?」
「はい。先日こちらに観光しに来ました。素敵な町並みですね」
黒き竜の話は伏せてヴィオラが店員さんに話を合わせる。
店員さんは嬉しそうににっこり笑った。
「そうなのねぇ。嬉しいわ。外から来た人は、ウチの文化をなんでも喜んでくれるから」
「とても新鮮です」
「でしょう? ささ、この団子も食べてね。とっても美味しいわよ」
「はい。ありがとうございます。いただきますね」
そう言ってヴィオラが団子を刺した串を手に取る。
そこでふと気付いた。
「あの……ヘルメス様」
「ん?」
俺も串を持った。そのタイミングでヴィオラが話しかけてくる。
「この、黒いものは一体……」
「ああ、それは餡子ですよ」
「あんこ?」
「そう、餡子。豆を使った甘味です。団子自体は厳密には甘味とは言えません。甘くないでしょう?」
団子にもよるが、わざわざ餡子を乗せているなら本体はさして甘くないだろう。
団子の一番の魅力は、その上に乗る甘味とのシナジーだ。
「けどその餡子はとっても甘い。それが合わさることで団子は完成します」
「なるほど……パンのようなものですね?」
「ですね。パンも組み合わせると美味しくなる」
納得したヴィオラがぱくりと団子を口に運んだ。
もぐもぐと咀嚼してしばらく。
彼女は瞳を大きく見開いて感動の声を発した。
「お、美味しい!?」
「うん、美味しい」
俺も小さな塊を食べる。
もぐもぐもぐ。美味だ。餡子の味付けがしっかりしてる。
「ヘルメス様の仰るとおり、この黒い餡子が素晴らしい味です! ぜひ王都に持ち帰りましょう」
「生ものはちょっと……帰った頃にはとっくに痛んでますよ」
「うぅ……残念です。作り方はさすがに教えてもらえないでしょうから、この味は今だけのものですね」
そう言って彼女はさらに団子を食べる。
まあ今回の件が終わったら、お礼と称してレシピをもらうのもありだな。
借りがある以上、いくら閉鎖的な里でも王都と交流ができるだろうし。
そうなったら刺身とか米とか醤油とかも融通してもらえるのでは?
俺の中で、ドラゴンを倒すさらなる理由が見つかった。
すると、食事の最中。
ひとりの大柄な男性が俺たちの前に現れた。腰に木刀を下げている。武士か何かかな?
やや横に太い男性は、俺ではなくヴィオラを見つめて大きな声で言った。
「あ、あの! よかったら、お名前を教えてもらえないでしょうか! そして、お友達からお願いします!」
…………若いなぁ。
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