第197話 握力ゴリラ
甘味処の前で休んでいた俺たちの前に、若い大柄の男性が現れた。
男性は顔を赤くしてヴィオラに話しかける。
隣に俺が座っているというのにすごい度胸だな。
「……お友達、でしょうか?」
ヴィオラが店員のおばさんが持ってきてくれたお茶を傍らに置いて首を傾げる。
男は何度も激しく頭を縦に振った。
「お、お願いしますっ。俺、あなたに……」
「すみません」
「え」
男は必死に自分の想いをぶつけるが、ヴィオラは首を横に振って男の気持ちを拒否した。
「わたくしにはもう、心に決めた人がいます。あなたの友達にはなれそうにありません」
「そ、そんな……俺、あなたみたいな綺麗な人、初めて見ました」
「それはたまたまです。周りを見渡してみればわたくしのような人間はいくらでもいるかと」
あくまで冷静に、それでいて淡々とヴィオラは返事を返す。
その態度に脈はない。
「で……でも……」
「それにわたくしはこの里の出身ではございません。あとで傷つくのはあなたですよ。もっと身近な人に好意を向けましょう」
残酷だが正しい現実を突きつけた。
ヴィオラの言う通りだ。
ヴィオラはここ竜の里の人間じゃない。中央大陸にある王都の人間だ。
いずれ別れはやってくる。ずっと一緒にはいられない。
しかし、
「俺、あなたがどこかに帰ると言うならついていきます! そ、それくらい本気です!」
男は簡単には諦めなかった。
相当ヴィオラに運命を感じているらしい。
二人の話に挟まれてものすごく気まずかった。
「困りましたね……最初に言ったように、わたくしにはもう想い人がいます。諦めてください」
「そ……それは隣の男ですか!? その男を俺が倒せば、あなたは俺のことを見てくれますか!?」
「え」
今度は俺が驚愕した。
なにその野蛮なルール。
暴力で解決しようとするなんてエゴだよ。それともそれがこの里のルール?
だがツクヨさんは何も言ってない。
周りもどこかハラハラとした表情で俺たちの様子を伺っている。
「別にあなたがヘルメス様に勝とうと関係ありません。わたくしは強さでヘルメス様を選んだわけではございませんから」
「く、ぐぅ……!」
男は悔しそうに表情を歪める。
自分ではどう頑張ってもヴィオラに振り向いてもらえない。それがわかったのだろう。
その悔しさが隣に座る俺に向けられるのも当然のことだった。
腰に下げた木刀を抜いて、その切っ先を突きつけてくる。
「おい、お前! お前が彼女の想い人だな! ちょっと面がいいからって調子に乗って……!」
「別に調子には乗ってませんよ」
お茶を飲みながら冷静に答える。
しかし、目の前の大柄な男はヒートアップしているのか、先ほどとは違う意味で顔が真っ赤だった。
「うるさい! いいから俺と戦え! 彼女に俺がいかに優れた人間か見せてやる!」
「……本当に女性に見てほしいと思うなら、もっと他にやりようがあると思いますが」
せっかく鍛えた? 力をこんなことに使うのはもったいない。
もっと人助けとか内面をアピールしたほうがいいんじゃないかな?
その一言が引き金になり、男は完全に理性を失う。
「黙れ黙れ黙れぇ! お前に俺の気持ちが理解できるか! いいからさっさと戦え! いますぐ頭をかち割られたいのか!」
「うーん……やれやれ」
面倒なことになったな。
この手の男女のいざこざは割と慣れている。俺もヴィオラもモテるから切り離せないことだ。
けど、たまにいるんだよな。自分の行いを正当化しようとする奴。
しょうがない。ちょっとお灸を据えてやるか。
手にした湯呑みを傍らに置く。
右手を伸ばして男の木刀を掴んだ。
「ハッ! なんだ、力比べでもしようってか? その細腕で何が……ッ!?」
男はグッとこちらに向けていた木刀を引っ張る。
しかし、木刀はぴくりとも動かなかった。
完全に俺のほうが力は上だ。
「どうしました? 引いてみてくださいよ」
「こ、このっ! なんで、動かない!?」
必死に男は木刀を引っ込めようとするが、どれだけ力も込めてもぴくりとも動かない。
「力の差ですね。無闇に喧嘩を売るといつか痛い目に遭いますよ」
そう言いながらさらに木刀を握る手に力を込めていく。
すると、バキ、バキバキ! と木刀の切っ先が甲高い音を立てる。
パラパラと木片が地面に落ちていた。
「なあっ!? す、素手で俺の木刀を……」
男が言い終えた瞬間——バキッ!
完全に木刀が折れた。俺の握力に耐え切れず粉々に砕け散る。
「はい終わり。わかったら次の恋を探して頑張ってくれ」
男はあまりの衝撃的光景に尻餅をついた。その後、すぐに俺の実力を察して逃亡する。
それを見送って深々とため息をついた。
「ヘルメス様」
「ん?」
隣から声をかけられる。視線を向けると、
「私のために怒ってくれてありがとうございます」
満面の笑みを浮かべるヴィオラがいた。
「別にヴィオラ様のために怒ったわけじゃ……」
「はいはい、わかっていますとも。ふふ」
「本当に?」
「ええ。それはもう」
この感じ……絶対にわかっていないやつだ。
まあいいかと適当に納得したところで、遠くから男性の叫び声が聞こえる。
日常の空気が、一気に切り裂かれた。
「た、大変だ——! 里の近くにモンスターが!」
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