第198話 不安と不穏

 大柄な男性とのやり取りが終わった直後、村の中から叫び声が上がる。


 平穏だった空気がまたしても引き裂かれた。


「た、大変だ——! 里の近くにモンスターが!」


「モンスター……?」


 明らかに異常事態だと思われるが、いまいち反応に困る。


 たしかツクヨの話によると、この里は龍が生み出した竜玉の影響でほとんどモンスターが近づけないようになっている。


 最近はその効力が落ちていると言っていたが……。


「ヘルメス様、モンスターが里の近くに」


「みたいだね。けど、この里にだって戦える人はいるはずだ。冷静にツクヨさんの所に戻ろう」


「は、はい」


 やや緊張を帯びたヴィオラに冷静な判断を下す。


 いきなりドラゴンが襲い掛かってきたわけでもないだろう。ここは落ち着いて行動するのが一番だ。


 俺は彼女を連れて店を出る。


 先ほど大きな声でモンスターの襲来を叫んでいた男性は、そのまま通りを突っ切ってさらに他の住民たちに話を伝えにいく。


 その声を聞きながら急いで屋敷のほうへと帰った。




 ▼




「ツクヨさん!」


「ルナセリア公子様」


 ヴィオラを連れて急いで屋敷に戻ってくる。


 そこには恐らくすでに話を聞いていると思われるツクヨの姿があった。


「ご無事で何よりです。モンスターのお話は?」


「聞きました。里にモンスターが近づいていると」


「はい。今頃は駐在する侍が戦ってくれていると思いますが……少々不安ですね」


「不安?」


 どういう意味だろう。


 俺は首を傾げる。


「その……この東の大陸にはそこそこ強いモンスターが多いのです。それこそ、侍の人たちが命を落とすような敵が」


「そんな……」


「竜玉の効果が弱まると、この里の防衛力ではなかなか難しくなりますね。住民を守るのは」


 衝撃の事実だ。


 やはり俺が感じたようにあまり強い人間はこの里にはいないらしい。


 いま攻めてきているモンスターがどれほどの個体かにもよるが、犠牲者が出る可能性も高いと。


 ならばやるべきことは決まった。


「わかりました。俺が行きましょう」


「ルナセリア公子様が?」


「ええ。元からそれが仕事のひとつです。戦闘は得意なのでお任せください」


 そう言って自室に武器を取りにいく。


 ヴィオラともそこで別れ、装備を整えるなり急いで外へ向かった。




 ▼




 竜の里を覆う外壁のそばでは、すでに何体ものモンスターと戦う侍がいた。


 彼らの手にした武器は刀だ。


 勇敢にモンスターに戦いを挑んでいる。


 見たとこ勝てない相手ではないが時間はかかりそうだった。


 あまり怪我人も出したくないので、俺は剣を抜いて助太刀する。


「手を貸します! 負傷者を下がらせてください!」


 一瞬にしてモンスターを斬り伏せる。


 俺の登場に侍たちは動揺を見せるが、仲間だとわかると指示に従ってくれた。


 俺を先頭に全員でモンスターたちと戦っていく。


 なんとなく感じる相手の強さから、およそレベルは30~40程度。


 この程度の雑魚も倒せないとなると、本格的にこの里の防衛力はヤバいと言わざるを得ない。


「それに……なんだか……」


 周りで俺と同じように戦っている侍たちへ視線を向ける。


 この違和感はなんだ?


 まるでこれまで見てきた何かと違う。


 モンスターを倒しながらその違和感の正体を探った。


 しばらくしてその答えに辿り着く。


 ——そうか。彼らは実戦経験が限りなく少ないんだ。


 恐らく積極的にモンスターを倒していない。


 モンスターを倒さなきゃレベルは上がらないし、そもそも経験を積まなきゃいざって時に足踏みする。


 それがいまの状態だ。


 竜玉によって守られている平穏とは、戦いとは無縁の日常だったことを教えてくれる。


 平和な時間が彼らの刃を錆付かせた。


 王都にはそんな便利なものはなかったからな。


 近くにはダンジョンもあったし、少なくとも実戦を経験する時間も環境もあった。


 それに比べてこの里の侍は、その全てが欠けている。


 一番欠けているのはやる気だが、誰だって命は欠けられない。


 戦いたくないと思うのが普通だ。


「根本的な部分で……危ういな」


 今後、竜と戦う上でかなり不安要素になる展開だ。


 恐らく俺と一緒にドラゴンと戦える者はいない。


 完全にソロで格上のドラゴンに挑まなきゃいけない。


 そのことがずっしりと俺の胸にのしかかる。


「……やめだやめ。嫌なことはいま考えるな。里を救うことだけに集中しろ」


 さらにモンスターを倒しながら俺は余計な思考を中断する。


 ネガティブなことばかり考えていると、その思考が動きを鈍らせる。


 いざって時に馬鹿みたいな失敗を犯したくはない。ここまできた以上、俺に逃げるという選択肢はなかった。


 すべてのモンスターを斬り倒したところで、背後から大きな歓声が上がる。


 それを聞いていた俺は、素直に喜べはしなかった。

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