第176話 竜殺しの要請

「……竜玉?」


 聞き慣れない単語が飛び出してきた。


 オウム返しで呟く俺に、スメラギと名乗った巫女は続ける。


「はい。竜の里に伝わる秘宝です。かつて里の近くに住み着いた一体の龍が生み出し、それを守るのがそちらのククさまでした」


「竜……それってもしかして龍?」


 思い出したのは、夏に行われたラブリーソーサラーの共通イベント〝倶利伽羅への貢ぎもの〟。


 あれはかつて、東の大陸に存在したというすべての竜の祖、龍に信仰の証としてモンスターを捧げたことに由来するイベントだった。


 実際に龍がいたなんて話はゲームじゃ出ていないが、どうやら彼女の言うことが本当なら龍は実在したってことになる。


 しかもそれが判明したのが、ラブリーソーサラー2でのこととは。


「もしかしてルナセリア公子様はご存知ですか?」


「いえ……こちらで行われている狩猟祭がその龍にちなんだものだということを知ってるだけです。詳しい話はまったく」


「狩猟祭……そう言えば中央大陸のほうにはそのような催しがあると聞いたことがありますね。なるほど」


「それで、話は脱線しましたが、竜玉って結局どういったものなんでしょう。なぜククがそれを守らないといけないのですか?」


「竜玉とは龍から生まれた特別な水晶。内側にとてつもないエネルギーを内包しているそうです。我々人間には意味をなさないただの水晶ですが、ドラゴンにとって大きな意味を持ちます」


「ドラゴンにとっては?」


「はい。この竜玉とは、ドラゴンの潜在能力を飛躍的に高め、より高位の存在へと格を引き上げることができるらしいです。私も実際に見たわけではありませんが、過去の書物にそう記されていました」


「それで、その竜玉をククが守っていると……一体なにから?」


 守るってことは竜玉を狙う存在がいるってこと。


 人間からすればただの無用な長物。


 狙うのは実際に竜玉の恩恵が受けられる——ドラゴンってことになる。


「もちろんルナセリア公子様もお気づきのように、ドラゴンです。実は我が竜の里がある島には、大昔に封じられた強大な力を持つ竜がいます。その竜がククさまの守る竜玉を欲しているのです」


「ふんふん……なるほど」


 なんとなく今回のイベントの内容が読めてきた。


 察するに、ククが島を出て王都へやってきたのは、そのドラゴンが近々復活でもして竜玉を狙ってくるから一緒に撃退してくれへん? ってことか。


 ちらりとククを見ると、まるで何も考えていないように首を傾げた。


 コイツ……ムカつく顔してる。


「では、俺がククに選ばれたのは、もしかしてその竜玉を狙うドラゴン退治をしろっていう話ですか? 封印が解けそうとかそういう感じの流れで」


「ッ————!? ど、どうしてそれを……?」


「話の流れでわかりますよそれくらい。でなきゃククが、竜玉の守りを放棄してまでここに来た説明がつかない。あと、わざわざスメラギ様が来た理由もね」


「さすがは名高き英雄……叡智まで英雄の領域だったとは」


 ツクヨが感嘆の声をあげる。


 別に頭がいいからわかったわけじゃない。たしかに知力のステータスは高いが、それより何よりゲームでよくある展開だったからわかっただけ。


 お約束ってやつだ。わかるわかる。


「どうか、私の頼みを聞いてください、ルナセリア公子様! 私たちにはもうあなた様しか頼れる存在がいないのです! 世界を救えるのはあなたさまであると夢にも出ました!」


 頭をグイッと下げるツクヨに驚く。


 さらに謎の言葉が聞こえた。


「夢?」


 なんだそれ。


「我々竜の巫女は、先祖代々が特別な力を龍神さまから賜りました。それが未来を予知する力です」


「それはまた凄い能力ですね……」


 百パーセント的中する夢か。


 まさに正夢って感じ。


「私が最近見た夢には、ひとりの男性とドラゴンが映っていました。向かい合う男性と竜は恐らくルナセリア公子さまとククさまかと。男性のほうはルナセリア公子さまで間違いないと思います。ハッキリ顔は見えませんでしたが、形は一緒なので」


「それで国王陛下に頼んで俺を連れて来させたんですね」


 ちらりと国王陛下を見る。


 ずっと無言を貫いていた陛下はこくりと短く頷いた。


 呼ばれた理由もやるべきことも把握した。


 把握した上で体が震える。


 ——ドラゴン退治。


 それはどのゲーム、小説でも最高と名高い栄誉だ。


 ドラゴンは強い。大体の作品でそれはお馴染みだ。


 生態系の頂点と言えば、ファンタジーにおいてはドラゴンになる。


 そんなドラゴンに俺が挑む?


 勝てる気がしなかった。


 それでも断ろうとは思えない。


 国王陛下の勅なら臣下であるルナセリア公爵家は嫌だとは言えないし、イベントならなおさら俺も嫌だとは言えなかった。


「……わかりました。スメラギ様からの依頼、引き受けましょう。俺がどこまで役に立つかはわかりませんが、精一杯頑張らせていただきます」


「! ありがとうございます、ルナセリア公子様!」


 俺が彼女の願いを受け入れたことで、ツクヨは大量の涙を流した。


 びっくりしたぁ……けど、意外と今回の件は俺が考えるより深刻なのかもしれない。


 サラッと流したが、世界を救うみたいな話も出ていたし。


 より一層、緊張感が増した。


 しかし、もう幕は切って下ろされた。


 あとはやれることを全力でやるしかない——。


———————————————————————

あとがき。


明日の木曜日、新作出すかもしれません!

今度は異世界ファンタジーです!

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