第177話 相棒

 国王陛下との謁見が終わる。


 俺はククと共に謁見の間から外へ出た。


 そばには未だ、第五王女のヴィオラがいる。


「ヘルメスさまは、竜の里を救いに東の大陸へ向かうのですね。東は中央大陸と違ってかなり文化が違うと聞きます。出される食事が合わなかったら嫌ですね」


「どうでしょう。俺は特に好き嫌いはないので。さすがにゲテモノは遠慮してほしいですが……」


 前世の記憶が脳裏を過ぎる。


 実際に俺は食べたことはないが、世界には虫を提供する国があった。


 世界一臭い缶詰とか、味がしない料理とか幅は多岐に渡る。


 もしかすると竜の里は「焼いたり加工するの禁止です!」とか言われて、生食オンリーが出てきたらどうしよう。


 蜂の幼虫とかスナック感覚で食べられないよ?


 だって俺の扱いではそれは食べ物じゃない。食べ物っていうのはこう……嫌悪感のないものだ。


 ヴィオラのせいで少しだけ不安になる。


「ゲテモノ……ふふ、わたくしもそれはちょっと遠慮したいですね。甘味でしたら歓迎しますが」


「……まるでヴィオラ殿下も一緒に来るような物言いですね」


「え? 行きますよ?」


「え? 無理ですよ?」


 ぴたりとお互いに足を止めて見つめ合う。


 お互いの脳裏には相反する感情が浮かんでいるに違いない。


「どうしてわたくしの同行が拒否されるのでしょうか? 明確な理由を述べなさい」


「国王陛下が許可するとは思えません。一国の王女さまが危険な場所に向かうなんて馬鹿げてる」


「大丈夫です。間違いなく止められますが無理やりついて行くので」


 笑顔ですんごいこと言ったよこの人。


 第五王女様フットワーク軽すぎぃ!


「いや……そうなると今度は俺のほうにしわ寄せが……」


「ヘルメスさまがいるからこそわたくしは安全なんです! 世界最強の剣士ですよ!」


「他力本願! 世界の危機とか騒がれている案件ですし、やはりここは遠慮してください。俺でもヴィオラ殿下を守りきれない可能性が高いです」


「むぅ……ヘルメスさまはわたくしについて来てほしくなさそうですね」


「はい」


 当たり前ですが?


 一国の王女様を連れ添って戦場に向かう馬鹿はいない。


 彼女が恐ろしく強いならまだしも、中途半端な実力など足を引っ張るだけだ。


 正直邪魔にしかならない。


 その気持ちをハッキリと彼女には伝えておく。


 すると王女様はぶすーっと頬を膨らませた。顔全体で不機嫌です、というオーラを放つ。


「わたくしは哀しいです! ヘルメスさまと一緒に、竜の里に婚前旅行に行けるかと思ったのに!」


「婚前旅行って……」


 俺とあなたは婚約者ですらないが?


 勝手に既成事実を作ろうとしている。


 それでいうと、上の他の王女たちもそれを狙っている節がある。


 王族にすらモテモテなのがヘルメスという人物なのだ。


 さすが主人公だと言っておこう。


「俺はあなたと結婚しません。婚約もしてません。してたとしても連れていきません。竜の里は危険です。ヴィオラ殿下はどうか安全な王都にて俺の帰還をお待ちください」


「あ、なんだかそれは妻っぽいですね!」


「この人最強だな」


 都合のいいところしか人の話を聞かない。


 何度も言うが、俺は彼女と深い関係ではない。なる予定もない。


「とりあえず注意はしましたからね。決して勝手に行動しないようにしてください」


 それだけ言うと、俺はさっさと通路を通って先に外へ出ていく。


 最後に背後から小さく、




「ふふ……わたくし、一度狙った獲物にはしつこいですよ?」


 という声が聞こえたような気がした。




 ▼




 王宮から街中へ。


 馬車を引いてもらった御者には先に帰ってもらう。


 俺だけちょっと歩いて帰りたかった。


 もちろんククは馬車の中。一緒に帰りたそうにしていたが、ドラゴンと一緒に散歩はできない。


 ごめんと言ってククだけ先に家に帰した。


「竜の里。ラブリーソーサラー2。主人公。イベント。竜玉。龍。世界の危機……」


 なんとも不穏なワードのオンパレードだ。


 今回のイベントは、一年間を締めくくる最後のイベントだ。アトラスくんも手ごわい内容だと言ってたし、覚悟を決めてかからないといけない。


 少なくともドラゴンなんて最強種族が出てくる以上、いまのレベルでも負ける可能性があることを想定しておく。


 最悪、シナリオを無視するのもアリだな。


「なんだか仏頂面ねヘルメス。さっきの巫女っていう女の話がそんなに気になるの?」


 隣でふわふわ浮かんでいるシルフィーが声をかけてくる。


 彼女も謁見の間にいたから話は聞いていた。


 俺はこくりと頷く。


「そうだね。超気になる。上級ダンジョン以上の脅威だ。次の戦いはかなり苦戦すると思われる。シルフィーも覚悟しておいたほうがいいよ」


「ふーん……珍しく真面目で真剣ね。それなら安心しなさい」


「安心?」


「ええ。あなたには私がついてる。大船に乗ったつもりで頼りなさい。しっかり支えてあげるから」


「シルフィー……ありがとう。ククに食べられないように気をつけなよ?」


「素直に感謝しなさいよ馬鹿」


 そう言って彼女は笑うと、俺の肩に乗っかる。


 そこから先に言葉はない。だが、お互いに言葉なんて必要なかった。


 そこにはたしかな信頼がある。

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