第151話 上級魔法の書

 途轍もなく強大な力を持った悪しき竜の復活。


 それは、ゲーム〝ラブリーソーサラー2〟の共通イベントで現れる最悪の敵のことだった。


 これから俺には、さまざまな困難が訪れる可能性がある。


 詳しいイベントの内容は覚えていないが、そこそこの情報をアトラスくんは教えてくれた。


 それによると、青い竜はヘルメスを選んだ選定の役目を担い、もうひとつの〝何かを守る役目〟も持っているらしい。


 さらに、ドラゴンに選ばれたヘルメスは、近日中に東の大陸にある竜の里から使者が訪れ、世界を救うために竜の里へ赴くという。


 他にもいくつかの情報を教えてくれたアトラスくんは、話すべきことを話し終え、そろそろ学校があるからと言って帰っていった。


 ひとり……いや、ひとりと一匹が残る室内で、いまだに俺は部屋から出れないでいる。


「ラブリーソーサラー2のイベント、〝祈りの巫女と滅びの竜〟か」


 言葉にする度に、イベントの内容が重く俺に圧し掛かる。


 ほとんど初見に近い状態で挑むなんて不安しかない。


 アトラスくんの話を聞いて、そのイベントの内容が相当に高いことも予想される。


 はたしてレベル60のいまの俺に、そのイベントを完璧の乗り越えることができるのか。


 それだけは、不安が解消されることはなかった。


「なによ、その顔。珍しく考え込んでるみたいね、ヘルメス」


 ふわりと、天井を貫通して現れたのは、風の妖精ことシルフィーだ。


 流れるような動作で俺の頭に着地する。


 彼女は実際には生き物ではないため、ほとんど重さを感じなかった。


「これからちょっと厄介な問題が起こるんだ。それを解決するためには、覚悟とレベル……まあ端的に言って強さが必要になる」


「いまのアナタ、相当強いわよ? ダンジョンであんなバケモノを相手に戦ったヘルメスなら、余裕で勝てるんじゃない?」


「それがそうとも言えないんだ。たしかに楽勝である可能性も否定できないが、もしかすると俺の想像を超える敵が出てくる可能性だってある。正直、不安を考えればもっとレベルを上げておきたい」


「ってことは……またダンジョンにでも籠りにいくの? 私としては、もう少しくらい休んでいたいんだけど」


 あきらかに不機嫌な様子のシルフィーの声が聞こえてくる。


 彼女には悪いが、ダンジョンにはもともと行く予定だ。それが多少早まったり、目的が前後してもしょうがない。


 受け入れてもらわないと。


「そんなこと言わないでよシルフィー。俺にはシルフィーしか頼れる存在がいないんだ。シルフィーがいてくれないと寂しいよ」


「なっ……なに言ってるの! その手には乗らないわ! どうせまた私のことをこき使おうとか思ってるんでしょ!?」


「一度もシルフィーをこき使おうなんて思ってないよ」


「ウソつけえええぇぇ————!!」


 キーン、と彼女の声が脳に響く。


 うるさ。


「私は忘れない。あのダンジョンでの出来事を……!」


 ポカポカと人の頭を叩いて猛抗議するシルフィー。


 これは説得に時間がかかるかな?


 最悪、無理やり連れていこうかと考えていると、シルフィーの動きが途中で止まった。


「……ま、まあ、少しくらいなら手伝ってあげてもいいけど。勘違いしないでよね!? ヘルメスは私がいないとダメダメなんだから、仕方なくよ仕方なく!!」


「シルフィー……」


 君はなんてちょろ——じゃなくて、いい子なんだ!


 感動してほくそ笑む——じゃなくて、泣きそうになったよ。


「ありがとう。その気持ちはとっても嬉しいよ。安心して。今度いくダンジョンはレベリングが目的じゃないから」


「え? そうなの? あの長々とした拷問みたいな狩りをするんじゃないの?」


「ううん、違うよ。たぶん、近日中に使者がくるって言ってたし、レベリングするよりちょっと欲しいものがあってね」


「欲しいもの? それを取りにいくだけなの?」


「ああ、そうだよ」


 俺が強くなるためには必ず手に入れなきゃいけないものがダンジョンの奥にはある。


 それさえ手にいれれば、多少のレベルアップ以上に戦闘能力を上げることができる。


「ふーん……レベリングとやらをしなくていいのは助かるけど、なにをどこに求めに行くの?」


 ふわりとシルフィーが俺の頭の上から飛ぶ。


 ゆっくりと俺の前にやってくると、テーブルの上に座ってジッとこちらの顔を見つめた。


 そんな彼女の態度に、フッと笑みを刻んで返事を返す。




「求めているのは〝魔法書〟。そしてその魔法書が手に入るのは……前にいったダンジョン〝十戒〟と肩を並べる最強最悪の巣窟、上級ダンジョンだよ!」


 これまで俺は、神聖属性魔法の魔法書が手に入る十戒にしか足を運んでいなかった。


 しかし、すぐにでも魔法攻撃力を上げるためには、十戒の時と同じく、他の上級ダンジョンで魔法書を見つけないといけない。


 それぞれ、水、土、風、火、闇の魔法書を。


 期限までにいくつの魔法書を見つけられるかわからないが、レベルを上げるよりはるかに効率的だと思う。


 俺の答えに絶句するシルフィー。再びふわりとどこかへ消えようとする彼女を掴み、




「さあ、シルフィー。楽しい楽しいダンジョン探索の時間だよ」


 と言って、にっこりと笑う。


 ルナセリア公爵邸には、小さな小さな少女の叫び声が響き渡った。

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