第172話 上級魔法
土の上級ダンジョン〝失楽園〟の中ボス、砂の巨人が第二形態に入った。
周囲には砂嵐が発生し、俺の視界を妨害する。
砂嵐の効果はそれだけじゃない。中心に立った砂の巨人の体に砂を張り付け、徐々にその大きさを変えていく。
元から三メートルはあったはずの背丈が、砂による膨張を含めて四メートルを超えた。
俺の推測に過ぎないため、本当はもっと大きいか小さい。
しかし、どちらにせよ俺に比べれば二倍はある。
赤色に輝く瞳がこちらを捉え、砂嵐がなおも巻き荒れる。視界を塞ぎ、陽の光すら遮っていた。
「さあて……ここからが第二ラウンドだな。悪いが、一気に倒させてもらうぞ」
覚醒した砂の巨人にそう言って、懐から魔力回復薬を取り出した。
ごくごくっと一気に中の液体を飲み干す。
魔力回復薬は苦い。薬みたいな味がする。
この世界に転生した頃に飲んだときは、あまりの不味さに吹き出した。いまでこそ数を重ねて飲み干すことができるようになったが、不味いものはまずい。
だが、急激に体内に魔力が生まれる。厳密には自然回復速度が急激に高まっている。
これなら問題なく魔法を使える。
「行くぞ、水属性上級魔法————〝彗星〟」
魔力が大幅に消費された。地形の効果も相まって、わずかにがくっと膝が折れる。
変わりに、空を覆い尽くすほどの雨雲が発生した。
雨は降らない。ただ、太陽すら呑み込む漆黒が世界を曇らせる。
雨雲は大量の魔力を内包していた。
砂嵐の下で、それを感知した砂の巨人が空を見上げる。
ここまで大規模な魔法を使うのは、神聖魔法以来だ。
ゴゴゴ、と雷すら伴って、雨雲の中心から水が生まれる。
小さな球体だ。水の塊が、徐々にそのサイズを変えていく。
大きく、大きく、大きく、大きく。
ひたすらにサイズが増加していき、やがて二十メートルを超えるほど広がった。
空を覆い、影が差す。
俺はグッと足に力を入れると、大きく後ろに下がった。
その瞬間、空に浮かぶ球体が落ちる。
まるで世界そのものが涙をこぼすように、魔法が炸裂する。
あっという間に迫る水の塊。速度で劣る砂の巨人に回避する方法はなかった。
直撃する。
ズズズズズズ————!!
冗談みたいに大地が跳ねた。
否。
跳ねたのは俺だった。加わった衝撃により、体がわずかに宙に浮く。
圧倒的な衝撃だ。想像以上の威力に驚く。
しかし、砂の巨人を倒すにはまだ足りない。この程度で倒せるなら、上級ダンジョンなど苦労しない。
流れる水の中から、砂の巨人が顔を出す。
全身がドロドロに溶けていた。あれでは砂の巨人ではなく、泥の巨人だな。
「いいのか、そこにいて。俺の魔法はまだ終わっちゃいないぜ?」
水属性上級魔法〝彗星〟。
水泡の上位版のようなこの魔法は、産み落とした水が、その後も激流を発生させる。
つまり、水の塊に押しつぶされるのはほんの序章に過ぎない。
一度勢いを止めたはずの水が、砂に吸収されることなく再び活動を再開する。
まるで水自体に意思があって生きているかのように、ぐるぐると巨人の周りを渦巻く。
回転の激しさに巨人は巻き込まれた。すぐにその姿を消して、暴れまわる水の中に取り込まれる。
あとは水魔法の魔力が切れるまで、暴れる水に付き合わなきゃいけない。
俺はさらに距離を離して、周囲をお構いなしに破壊する魔法を眺めた。
水魔法の上級は、その攻撃範囲の広さが長所だ。射程が長く、使い勝手がいい。
逆に神聖魔法は、あらゆるモンスターに効果適面という万能性。ただし、神聖魔法は他の魔法より消費魔力が多いので、乱発してるとこのダンジョンでは危険だ。
それに、砂の巨人の弱点は神聖魔法では突けない。
効率よく倒すなら、砂を泥に変えて殴るのが一番だ。
しばらして、濁流に呑まれた巨人が水の外へ放り出される。
地面をバウンドしてから転がり、動きを止める。
時間切れだ。魔力が完全に消えて魔法が停止する。
そうなると生まれた水はただの水。急激に砂に吸われて地面へ消えた。
それを見送ると、震えながらも立ち上がった巨人へ視線を戻す。
「さすがにタフだな、巨人。でもまあ、そこまで全身弱点になったら、あとは
剣を構えて地面を蹴る。
動きまで遅くなった巨人の懐に入ると、俺はひたすら巨人の体に剣をぶち当てた。
腕、首、顔、足、腹部。
狙いは適当だ。どこを斬っても攻撃が通る。
あとは相手が倒れるまでそれを繰り返せばいい。
次第に体力が底を尽きて、およそ五分ほどで巨人が倒れる。
もう立たない。動きもしない。徐々に体を崩壊させて、静かに絶命する。
遠くでは、シルフィーとククの歓声が聞こえた。
二人のほうへ振り返り、手をあげて勝利を告げる。
「おーい! 終わったぞー!」
砂嵐も俺の水魔法で吹き飛ばされ、美しい太陽が世界を照らしていた。
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