第23話 森の主

 アルテミスの話が始まる。


「我が父は、優秀な冒険者だった。かの名高き剣聖グレイル・フォン・ウィンターに並ぶほどの才能を持っていた」


 落ち着いた口調でアルテミスは語る。先ほどとは口調が異なるようだが、どちらが彼女の素なのだろう。それに、気になる内容が含まれていた。


 今代の剣聖<グレイル・フォン・ウィンター>。


 <ラブリーソーサラー>のメインヒロインがひとりフレイヤ・フォン・ウィンターの実の父親であり、王国最強の騎士。剣術において並ぶものはいないとされることから、正式に国王から<剣聖>の名を継いだ世界最強の一角。


 平均的な冒険者や騎士のレベルが20~30であるのに対し、なんとグレイル・フォン・ウィンターのレベルは破格の60。その差が10もあるとよほどの奇跡が起きないかぎり勝つことは難しいと言われるこの世界において、グレイルのレベルがどれだけ高いのかがわかる。


 今の俺が戦えば間違いなく瞬殺されるだろう。それほどの男なのだ。


 しかし、アルテミスの父親はその剣聖に迫る実力者だったという。彼女の話を聞くかぎり、恐らく剣聖グレイルが若い頃の話だ。さすがに今のグレイルに勝てるほど強いとは思えない。それだけ強かったのなら、優秀な冒険者とは言わないだろう。口ぶりから察するに、彼女の父親はもうこの世にはいない。


 ゲームでもアルテミスという名はもちろん、アスター伯爵家の名も先代当主の名も出てこない。残念ながら彼女たちはモブなのだ。


「誇らしい父だった。冒険ばかりに現を抜かしほとんど家に帰ってくることはなかったが、それでも我は父に愛されていた。愛されていたという自覚がある。しかし、父はある日を境に帰ってこなかった。今の自分なら上級ダンジョンにだって挑めると目を輝かせたあの日から……父は帰ってこない」


「上級ダンジョン?」


「ああ。確か<十戒>へ行くと言っていた」


 <十戒>だと!?


 その名前を聞いた瞬間に、俺はやはり彼女の父が死んだことを悟る。


 上級ダンジョン<十戒>。


 数あるダンジョンの中でも最凶と名高い最難関のひとつ。上級ダンジョンは他の中級や下級に比べて、その全てが広大なエリアを有し、最低でもレベル40以上のモンスターしか出てこない。この世界の住民なら手前に到達した瞬間に、一番弱い個体に殺される。


 しかも<十戒>と言えば、個体の強さに重きを置いたダンジョンだ。配置された魔物の数こそ多くはないが、一体一体のステータスは今の俺の倍くらいはある。普通に考えれば今のグレイル・フォン・ウィンターくらいの強さがないと生きて帰ってはこれないだろう。


「……その顔を見るに、あなたも上級ダンジョンの話は知ってるらしいな。我とて、父の生存は絶望的だと思ってる。だが、たとえ父が死んでいようと関係ない。我は父のような偉大な冒険者になるのだ。そして、いつかは父の背中すら越えて上級ダンジョンをも攻略してみせる! そう誓い、ようやくダンジョンへ足を踏み入れられたと思えばこれだ。本当に悪いことをした。謝って済む問題ではないが、謝らせてくれ」


 そう言ってアルテミスが深々と頭を下げる。俺はこのダンジョンの雑魚を全て敵に回しても生き残れるだけの知識と強さがある。正直、魔物を押しつけられていい気はしてないが、彼女を一方的に糾弾するほど怒ってもいない。


 そっと腕を伸ばして彼女の肩に手を置く。アルテミスの頭を上げさせ、なるべく彼女が怖がらないよう笑みを浮かべて首を左右に振った。


「もういいよ。十分に謝罪は受け取った。今後はああいうことをしないと約束してくれたなら、俺はなにも言わない。アルテミス嬢の覚悟も知ったし、その上で命を大切に頑張ろう。強さと憧れに固執にする気持ちは理解できるしね」


「ッ……ありがとう。ありがとう、ございます」


 ぶるりと、アルテミスが感謝と感動に震える。俺は彼女の肩から手を離して、そこでふと気付く。まだ自分の名前を名乗っていないことに。


「そう言えばアルテミス嬢の名前を聞いたのに、こちらは名乗っていなかったね。遅れながら名乗らせてもらおう。俺の名前はヘルメス。ヘルメス・フォン・ルナセリア。君がダンジョン攻略を夢見るかぎりまた会うこともあるだろう。時間があれば相談くらいには乗るよ」


「ルナセリア……? まさか、あのルナセリア公爵の?」


「実子だね。まあそう固くならなくていい。ここはダンジョンだ。俺から言うことはひとつ。油断しないように、慎重に、なにがなんでも地上へ帰ること。もう体力もずいぶん回復しただろう?」


「は、はい……おかげさまで」


「ならよし。俺は<暗雲の森>を攻略しないといけないから先に進むけど、アルテミス嬢は早く帰るんだよ? 次は助けてあげられないからね」


 それだけ告げて俺はダンジョンの奥を目指す。ひらひらと手を振りながらその場から去ると、最後までアルテミスは呆然と俺のことを見送っていた。


 大丈夫かな? あの様子だと、帰るのは少しだけ遅れそうだ。




 ▼




 アルテミスと別れて俺のダンジョン攻略が再開される。


 と言っても、実はすでにかなり深い所まで潜っていたので、ものの一時間ほどで目的のエリアに到着した。やけにひらけた洞窟の手前、ここが下級ダンジョン<暗雲の森>の終着点だ。それは、ボスエリアを意味する。


「さあ……予定は少しだけ変わったが、目当てのアレが出るまで踊ろうか」


 にやりと笑い、切り立った崖から飛び降りる。洞窟の前に姿を現すと、次第に奥からゴゴゴゴ、という鈍い音が聞こえてきた。壁や地面を擦りながら洞窟から出てきたのは……




 前世ではありえないほど巨大な蛇——<ヴェノムサーペント>だった。

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