第96話 乗っかるヒロインたち

 たまたまアルテミスの父親を救って二日。あれ以来、アルテミスの態度に変化があった。


 具体的には、俺に対してめちゃくちゃグイグイ来るようになった。あと、優しくなった。


「ヘルメス様。これ、ウチの両親からです。とても美味しいのでぜひ食べてください」


 そう言って渡されたのは、高級菓子。


 なぜわざわざ学校で? と首を傾げたが、まあ貰って悪いものでもないのでフランに預ける。


「あ、ありがとう……アルテミス」


「いえいえ。この程度ではぜんぜん! まったく! ヘルメス様にご恩を返すことはできません。私になにかしてほしいことがあったら、なんでも言ってくださいね! ね!」


「う、うん……。そうするよ」


 父の真似をする必要がなくなったのか、アルテミスの口調はすっかり落ち着いた。


 以前の、ちょっと無理した感じも嫌いではなかったが、これが本来の彼女なんだろう。


 若干のたどたどしさが見ていて楽しい。楽しい……けど。それに比例して、他のヒロインたちから疑問と視線が刺さる。


「なにやら……ずいぶんと親密になられた様子ですねぇ、ヘルメス様」


 じろり、とアルテミスを睨むのは、俺と同格の貴族令嬢ウィクトーリア。


 ルビーのごとき紅玉に、小さな嫉妬と疑問の色が混ざる。


「たしかにたしかに~。僕も気になるなぁ。アルテミス様ってそんなにグイグイいくタイプだったっけ?」


 横から元気な声でレアまで混ざる。


 二人が会話に入ってくると、アルテミスはどこか気恥ずかしい顔でもじもじし始めた。


 彼女は、元来の気質が人見知りだ。以前はそれを父の真似でどうにか乗り切っていたが、それが無くなった途端に弱くなる。


 視線が左右に激しく動いていた。


「え、えっと……その……。なんていうか……」


 ぼそぼそと地味に聞き取りにくい声で呟く。二人の懐疑的な目線が強さを増した。


 それに比例して、アルテミスの肩身はどんどん狭くなっていく。


 仕方がないので俺が口を挟むことにした。


「一昨日、ちょっと彼女の両親に力を貸したんだ。それをすごい喜んでくれてね」


「一昨日……?」


 俺の言葉を聞いて、ウィクトーリアが首を傾げる。彼女の視線は横に逸れ、なにかを考えるような顔になった。


 レアはまったくわかっていないようだが、ウィクトーリアは答えに行き着く。


 「そう言えば……」と声を漏らした。


「そう言えば……。一昨日、アルテミスさんの……ああ、なるほど」


「さすがにウィクトーリアは知ってたか」


「その知らせを受けたとき、たまたま父がそばにいたらしくて。タイミングがよかったですね。でも、それがどういう繋がり……あっ」


「察しがいいね」


 ウィクトーリアは、俺がアルテミスの父と知り合ったことは理解した。しかし、話の繋がりまでは完全には理解していなかった。


 それでも過去の情報を手に、俺がやってること。なにより、上級ダンジョンへいった経験がある彼女だからこそ、簡単にすべての答えに行き着く。


 俺が、上級ダンジョン内で奇跡的に生きていたアスター伯爵を連れ帰ったという事実に。


「この場合、さすがと言うべきですか?」


「それほどでもないさ。見つけられたのは、出会えたのは、たまたまだよ」


「いいえ。きっとそういう運命だったのかと。ヘルメス様や姉君、そしてウィンター侯爵でなくては今回の救出は不可能です」


 くすりとそう言ってウィクトーリアは笑う。


 手放しで褒められるとまだ気恥ずかしいね。視線を逸らした先で、レアと目が合った。


「ん~? アルテミス様の話で、ウィクトーリア様が知ってて、ヘルメスくんがすごくて……ウィンター侯爵くらいじゃないと無理……? むむむ? なんの話をしてるの? 僕、全然わからないんだけど!」


 たまらずレアが言った。そこへ。


「——ん、なんの話?」


「やあ、フレイヤ」


 レアの背後からさらっとフレイヤが現れる。


 俺は気付いていたから普通に挨拶するが、レアはびくぅっと肩を震わせる。どうやら気付いていなかったらしい。


「おはよう、ヘルメス。それで? なんの話をしていたの?」


「他愛ない雑談だよ。今日もアルテミスは可愛いねっていう」


「ふえぇっ!?」


 いきなり矛先が向いて、今度はアルテミスがビビる。


 ごめん。咄嗟に適当なことが言えず、アルテミスにぶん投げてしまった。


「そうですね。アルテミスさんは可愛いですよね。では、次はウィクトーリア可愛いでお願いします」


「そういうのはやってませんね」


 にこりと微笑むウィクトーリアに、負けじと笑顔で答える。


 ウィクトーリアが詰め寄ってきた。


「可愛いウィクトーリア」


「近い近い」


「美人なウィクトーリア」


「増えてない?」


「愛してるよ、ウィクトーリア」


「ウィクトーリアも可愛いね」


 ダメだ。何かしら言わないと終わらない。


 そう判断した俺は、さすがに「愛してる」とは言えなかったので無難な答えを出す。


 すると、ウィクトーリアは舌打ちでもしそうな表情を一瞬だけ浮かべると、それでも笑顔に戻って「ありがとうございます」とお礼を言った。


「ん、ずるい」


「……え? フレイヤも?」


 フレイヤに制服の袖を引っ張られる。


 これは意外だ。彼女はそういうおべっかというか社交辞令はあまり興味がないと思っていたが……。


「うん。私も。いまならヘルメスになんでも願い事を叶えてもらえると聞いて」


「誰かな~? そんなデタラメを彼女に吹き込んだのは~☆」


 実に許せない。お前のことだぞフレイヤ。曲解するんじゃない!


「デタラメなの?」


「そうだね。俺は単なる一般人だから、なんでも願い事を叶えてあげられるわけじゃないんだ」


「なら、簡単な内容でいい。私と一緒にダンジョンへいっていろいろ教えて」


「簡単じゃないね、それ」


 俺からしたら簡単でも、一般人からしたらなかなかに厳しい。


 彼女は夏休み中にレベリングに勤しんでたはずだから、向かうダンジョンも中級とかだろうし。


 なるべく丁重にお断りした。そのタイミングで、ガラガラ、と教室の扉がひらく。


 全員の視線がそちらへ向いた。遅れて、校内にチャイムが響く。


 どうやら朝のHRがはじまるらしい。壇上に立った教師テレシアが、クラス中に聞こえる声で言った。




「さあ、席についてください。今日は、秋に行われる対校戦についてお話しますよ」


———————————————————————

あとがき。


皆さん!これはマル秘の情報ですが……!

なんと本作、今日で100話目の投稿らしいです‼︎


毎日投稿頑張ったね……。

明日からは更新ペース落とします。

落としません。

これからも毎日更新やっていこー!

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