第27話 手掛かり

 <ラブリーソーサラー>に登場するメインヒロイン、ミネルヴァ・フォン・サンライトが誘拐された。姿を消してからもう二、三時間は経っているというのに、一向に自宅へ帰らないことからそう断定される。


 やや過剰気味に聞こえたが、俺もだいたい同意見だった。


 貴族令嬢然とした彼女が、家族への迷惑や心配をかけたまま姿をくらませるとは考えにくい。そうでなくともミネルヴァは公爵令嬢だ。家柄も含めて捕まえたい者はごまんといる。もしかすると今ごろ、賊に囚われて泣いているかもしれない。そう思ったら、俺はいてもたってもいられず、男子生徒の話が終わるや否や全速力で、ミネルヴァが姿を消した通りへと向かう。


 そこにはすでに多くの騎士がいた。正式にサンライト公爵家からも捜索願が出されているのだろう。彼らは文字どおり血眼になってミネルヴァを探している。


 俺も彼らも目指すところは同じだ。それゆえに俺は、騎士たちの前からソッと姿を消して周りの建物の上にのぼる。ここからなら街もある程度は見渡せる。


「消えたミネルヴァ……俺が誘拐犯なら、人目につく道は避ける。事実、前に攫われかけたウィクトーリアは、路地裏まで引っ張られた」


 その時と状況が同じなら、犯人たちが隠れ潜むのは人の少ない路地裏か、民度の低いスラム街。ちょうどミネルヴァが攫われたと思われる場所からスラム街はそう遠くない。目星を付けてそちらへ向かった。


 地上で走り回る騎士たちの目につかないよう、高い身体能力を活かして屋根上を飛び回る。ミネルヴァ救出に関しては仲間だが、俺はできるかぎり彼らに正体を明かしたくない。協力はしても、俺は俺でミネルヴァを探す。別れて探したほうが効率もいいしね。


 そうこう考えている内にスラム街へ到着した。まるでゴミ捨て場のような異臭と、鬱蒼とした空気の満ちる光景に思わず俺は顔をしかめる。


 どんな世界、国であろうと変わらない。どれだけ栄えていても貧富の差は生まれる。王都であってもそれは例外じゃない。むしろ人口の多い王都だからこそ、あぶれる者もまた多い。


 きょろきょろと辺りを上から見渡しながらミネルヴァの痕跡を探す。


 とはいえ、元から汚い場所だ。痕跡ひとつ探すのにも時間がかかる。焦りと怒りを胸に抱きながら、できるだけ目を凝らして俺は動きまわった。


 脳裏では、そもそもこんなイベントはあっただろうかと何度も自問する。当然、そんなイベントはない、という結論に行き着いた。しかし現実で起きた事件だ。一体、なにがどうなっているのか。


 改めて、彼女を探しながら昔の記憶を振り返る。




 ▼




 ミネルヴァ・フォン・サンライト。


 王都でも名立たる公爵家が一角。才能に富んだルナセリアや、商人気質なラナキュラス家とは違い、サンライト公爵家は法を司る。


 彼女の家は、代々宰相や裁判官を務めてきた家系だ。王族からの信頼も厚く、こと内政においては彼らサンライト一族がいないと破綻する。


 作中では、父の手伝いがしたいと努力するミネルヴァの姿が見られ、個人ルートでは、時にワガママに時に気高き彼女を主人公が支える。実はネガティブで繊細な彼女の反応を見れば、多くのプレイヤーはミネルヴァの魅力に魅了されるだろう。前世だと俺もその内のひとりだった。


 しかし、やはりというかなんというか、どれだけ記憶を振り返ろうと彼女が攫われたという情報は見つからない。攻略するにはかなりの難易度だったから、他のヒロインに比べて彼女の記憶は鮮明に思い出せる。それでも見つからないということは、ミネルヴァの誘拐事件は本作とは関係のないところで起きた異常事態イレギュラーか、ストーリーの外で行われたどうでもいい出来事なのか。前者はともかく後者である可能性は非常に低い。誘拐なんて大事件、些細な出来事として処理できるはずがないからだ。下手をすると本編にも支障が出かねない。


「やっぱり俺も積極的に関わるべきだな……その上で、騎士やミネルヴァ本人に顔を見られないように……っと」


 ダンジョン帰りだったので、たまたま持っていた包帯を使ってぐるぐると顔を隠す。実に大雑把で適当な処置だが、これで他の奴らは俺のことを不審者くらいにしか思わないだろう。ミネルヴァを助けられるなら、別に誰にどう思われようが構わない。


「というか、今回の件、主人公は動いてるのか? まだ見てないが、いないとしたらいよいよもってヤバイな」


 ビッと巻き終えた包帯を切り、テキパキと結ぶ。少しくらい激しく動いてもこれで取れることはないだろう。


 包帯を懐に戻し、俺は再びミネルヴァ捜索へと戻った。


 だが、徐々に夕陽が傾いてくるというのに、未だミネルヴァの痕跡は見つからない。スラム街ではないどこか……最悪、王都の外に出ていった可能性すら生まれる。


 時間が経てば経つほど冷静さをかくというのに、状況は一向に好転しなかった。もどかしさが胸を突き、俺の中で焦りと怒りが肥大化していく。


 このままではスラム街を更地に変えてでもミネルヴァを探したくなってくる。……いかんいかんと顔を左右に振って熱を冷ます。すると、顔を振った際に見覚えのあるものが視界を過ぎった。建物の端、屋根にほど近い角に吊るされたロープに引っかかった……


「——ハンカチ?」


 妙に気になるハンカチだった。スラム街の住人が持つには高価すぎる綺麗なハンカチ。屋根を飛び回っていたおかげで発見することができた。


 すぐに人目を避けながらそのハンカチを回収すると、ハンカチの隅には特徴的な太陽のマークが描かれていた。これは、間違いない。


「サンライト家の家紋だ……!」


 見つけた。ミネルヴァの、手掛かりを。

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