第219話 逃げる者、尽くす者

「神が俺の勝利を望んでいる……」


 晴れ渡った空に向けて拳を突き上げる。


 隣では、ジト目でシルフィーが俺のことを見つめていた。


「なにやってるのよ」


「このドラゴンスレイヤーが想像以上に強力な武器でね。これがあれば黒き竜との戦いにも臨める」


「そんなに強いの? その剣」


「ああ。正直、これまで俺が入手してきた武器どころか、俺が知るどの武器よりも強いよ」


「そ、そんなに?」


「間違いないね」


 嬉しい誤算だ。


 まさかレベル70か70以上のボスを相手に、あそこまでダメージを出せる武器が手に入るとは。


 これがあれば、あと少しレベルを上げるだけで十分に戦いになる。


 実際に黒き竜がどのくらいのレベルかにもよるが、俺の予想では90~100。


 100だった場合はレベルの差で詰みかねないが、90ならギリセーフだ。


 90であることを祈る。


「ならあとはレベル上げ?」


「そういうことになるね。黒き竜が提示した一ヶ月のあいだに、俺のレベルを80以上……いや、85以上に上げないとまずい」


「それって現実的に考えてどれくらい楽?」


「死ぬほど厳しいね。ほとんど休む暇はないと思ったほうがいい」


「うげっ……東の大陸にまで来て、あんたのイかれたレベリングに付き合わされるなんて……」


「信頼してるよ、シルフィー」


 笑顔でシルフィーにそう返した。


 しかし、シルフィーは頷く。どうやらしっかりと手伝ってくれるらしい。


 さすがに状況が状況だからね。彼女には無理をしてでも頑張ってもらう。


「さて……そうと決まれば今日のところは道中の雑魚を倒しながらボス狩りだ」


「ボスはもう死んだわよ? しばらく蘇生しないんじゃない?」


「うん。だからその間は来た道を戻って雑魚を倒す。ひたすら帰るまでこの繰り返しだね」


「休憩は?」


「俺はほとんどいらないけど……まあ、シルフィーは雑魚戦のときは見てていいよ。魔力は温存したいし」


「……了解」


 俺のレベリングプランを聞いてシルフィーががっくりとうな垂れる。


 これまで以上に狂ったレベリングが必要だ。そこに妥協などない。


「それじゃあ行こうか。シルフィーは休憩だからゆっくりしてていいよ」


 それだけ言って俺は来た道を戻る。


 全力で走りながら、見つけたドラゴンに片っ端から喧嘩を売っていく——。




 ▼△▼




 しばらく竜の渓谷でレベリングをした。


 空が夕日色に染まってくると、帰りのこともあるのでレベリングを中断する。


 初日からげっそりしてるシルフィーと共に、竜の里へと戻った。




 ▼△▼




「おかえりなさいませ、ルナセリア公子様」


 ツクヨの屋敷に戻ると、恭しく彼女が俺を出迎えた。


 給仕の女性はどこかに行ったのかな?


「ただいま戻りました。なんだか今日の屋敷は物寂しいですね」


「判りますか? 実は、雇っていた給仕の者を全員解雇しました」


「解雇? どうして急に……」


 俺が見たところ給仕の女性たちとツクヨは仲良さそうだった。


 特にクビにする理由が見当たらない。


「もちろん仕事ができないからクビにしたわけじゃありませんよ。黒き竜の件です」


「あ……なるほど」


 すぐに俺は彼女が言わんとすることを理解した。


「黒き竜がこの里に攻め込んできた場合、多くの住民が死にます。それを回避するためには、船で多くの住民を外へ逃がすしかない。猶予はあと一ヶ月。その間に一人でも多くの住民を逃がします。そのために、彼女たちを解雇したのです」


「どうりで里の人たちがあんまりいないように感じたわけだ」


 ツクヨの屋敷に向かっている途中、今日は妙に通りを歩く人が少ないな、とは思っていた。


 夕方にも関わらず、扉を閉めている店も多かったし。その理由が判明した。


「でも、給仕の方がいなくなっても平気なんですか? その……ツクヨさんの生活とか」


「問題ありません。子供の頃に一通り母から習っています。ルナセリア公子様たちの世話も問題なくこなせるかと」


「それだったら俺たちも自分のことくらいは……」


「いけません。ルナセリア公子様には、ルナセリア公子様しかできない役割があります。それを邪魔するのはこの里への裏切りも同義。どうか、ルナセリア公子様はやりたいことに専念してください」


「——その通りですよ」


「ヴィオラ様」


 ツクヨの後ろからヴィオラまで姿を見せた。


 いつになく真剣な表情を浮かべている。


「ヘルメス様の世話は私がします。ツクヨさんは他にもお仕事があるでしょう? 唯一、ただ付いてきただけの私がするべきです」


「よ、よろしいのですか? ヴィオラ様に手伝ってもらえると、たしかにわたくしは助かりますが……」


「はい。ヘルメス様の世話は私の仕事ですから」


 ヴィオラはやる気まんまんだった。


 二人の空気を壊すわけにもいかず、また、俺自身も自分の世話すらまともにできない状況だ。ここはヴィオラたちに甘えるとしよう。


 その分、俺は全力で黒き竜を打ち倒す。


 それだけを考えて二人に感謝を告げた。


「ありがとうござます、ツクヨさん、ヴィオラ様。俺が必ず——黒き竜を倒しますね」




———————————

あとがき。


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『原作最強のラスボスが主人公の仲間になったら?』

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週間1位まであと少し!


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