第7話相性が悪いなぁ

 狩り場を二層目にしてから一ヶ月が経過した。その間、正人は毎日欠かさず東京ダンジョンに入るとゴブリンやグリーンウルフを倒す日々が続く。二層までのモンスターは既に敵ではなく、作業だ。収入は変化しない。


 体の強化も止まった。順調すぎるが故に代わり映えしない日常になり、正人は飽きていた。金を稼ぐために仕方がないとはいえ、たった一人で黙々と戦い続けるにはある種の才能が必要であり、残念なことに彼はそれを持ち合わせていない。


 探索者組合から資料を取り寄せて、三層の情報を確認する。モンスターの種類、フィールドマップ、過去に発生した事件など、一般人でも手に入る情報は全て目を通す。


 現在の実力とモンスターの強さを天秤にかけて、三層まで行くことを決めた。


 弟には言っていない。無謀だと止められることを分かっているからだ。危なくなればすぐに戻ることにしておけば大丈夫だろうと、正人は高をくくっていた。


◆◆◆


 背の低い草がびっしりと地平線の先まで見える一面に生い茂っている。ときおり風が吹き、ゆらゆらと揺れて涼しそうだ。ダンジョン内に作られた擬似的な太陽が辺りを照らし、視界は良好。遮蔽物は一切ない。


 そう、正人の姿を隠すものが一切ないのだ。


 奇襲、不意打ちから戦闘を始めることの多い彼にとって、数キロメートル先からでも姿が見えてしまう三階層は相性が悪い。仲間がいれば戦術の幅が広がり、やりようもあるが、ソロではどうしようもない。正面から戦うしかないのだ。


 それでもモンスターと戦える自信はあった。


 奥に進み人気のない所に移動する。兼業探索者はほとんどおりてこないため、人は少なく、目的地に着いた時には一人っきりになっていた。


「ここら辺はモンスターの出現が少なく、単体でしか出てこないって書いてたよな」


 不人気エリアとして有名な場所には、近くに小さな丘がある。


 パーティーで狩りするには効率は悪いが、ソロだと安全に狩れる場所。特に初めて戦うモンスターばかりなので、優先するべきことは明白だった。


 キャンプに使うような、携帯用の折り畳みイスを組み立てて座る。ゆっくりと全体を見渡しながらモンスターを来るのを待つ。しばらくは平和な時間を過ごしていたが、予想していたよりも早く目的のモンスターは出現した。


 ドン、ドンと、地面を揺らしながら巨体がが近づいてくる。


「ちッ、オークか!」


 勢いよく立ち上がり、二本のナイフを両手に持つ。

 近づくにつれて姿ははっきりと見えてきた。


 緑色の肌にイノシシの頭を持った生物が二足歩行で走っている。下顎には上に突き出すような牙が二本あり、全体は分厚い脂肪に包まれている。その下には人間など一ひねりできるほどの強靭な筋肉が隠されており、手に持った棒が当たれば必殺の一撃になるだろう。


「一分で接敵か、どうする?」


 ナイフを投擲しても正面からでは弾かれてしまう可能性があり、メインウェポンを失うわけにはいかなかった。遠距離から攻撃することはできない。隠れて奇襲することも不可能だ。正面から戦うしかなかった。


 大きく息を吸って、吐く。

 心を落ち着かせる。

 イメージトレーニングは、地上で念入りにやってきた。


 相手は身長二メートル近くある巨体だが、魔力で強化された正人の肉体は押し負けるほど弱くはない。冷静に対処すれば十分に勝てる相手だ。


「フッ」


 と、息を吐きながら正人が走り出した。


 オークが振り下ろす太い棒をすり抜けて、わき腹を切りつけると、そのまま駆け抜けた。反転して傷口を確認する。血は流れているが、少ない。刃の短いナイフでは、分厚い脂肪の層を突破できないのだ。


「効果は薄いか……」


 眉間にしわが寄り、厳しい表情を浮かべる。

 事前調査で予想できていたことだ。動揺するほどではないものの、悔しさは隠しきれていなかった。


「グォォォォォ!!」


 横っ腹を切られたオークが怒りの咆哮をあげた。次の瞬間、太い棒を振り回しながら正人に向けて走り出した。


 嵐のように降り注ぐ攻撃を最小限の動きで回避し、隙を窺う。時折、ナイフを腹に突き刺して反撃するが、効果はほとんどない。このまま続けても、オークが失血で倒れるよりも先に、正人の体力が尽きる方が早い。


 覚悟を決めた正人は、オークが太い棒を振り下ろしから地面に叩き付けた瞬間を狙って、跳躍をする。腕を踏み台にしてさらに高く上がり、肩車をするように肩に乗った。


「ここには脂肪はないよなッ!」


 両手に持ったナイフをオークの目に突き刺した。さらにおまけとばかりに、グリグリと中をかき混ぜる。


「グァァアアアア!!!!!」


 痛みに耐えかねて絶叫を上げた。

 正人が飛び降りると同時にオークは倒れて蹲る。延髄ががら空きだ。追撃の一撃として突き刺そうと近寄っているところで、オークは徐々に消え去っていった。


 体には今まで一番多くの魔力を取り込んでいるような感覚があり、体が火照っている。


「ハァ、ハァ、ハァ」


 正人の視線の先には、赤い魔石が一つだけ残っていた。


 東京ダンジョンに入ってから初めて苦戦した相手であり、体力は使い切っている。立っているだけでも億劫な状態だ。連戦は不可能。休むにしても見通しのいい場所では自殺行為でしかない。正人は数瞬迷ってから帰還を選んだ。


 オークには勝てたが、連戦は難しい。


 先ほどの戦いを振り返れば、その一言に集約できるだろう。勝てる相手だったのは間違いないが、武器との相性までは考えていなかった。予想していた以上に苦戦してしまい、今後の計画に修正が必要だった。


「武器を変えるか、仲間を加えるか、そのどちらかだ」


 車を運転しながら、正人はため息に似たつぶやきをした。

 武器を変えるにしても慣れは必要だ。仲間になってくれそうな知り合いはいない。何か次の一手を考えなければ先に進めない。そんなことを考えながら家に着いた。


◆◆◆


 晩御飯も食べ終わり、正人と烈火はリビングでニュースを見ていた。


「なぁ、兄貴。なんかあったのか?」


 テレビの画面から目を離さないまま烈火が声をかけた。


「ん? どういうことだ」


「帰ってからも、心ここにあらずって感じだからな。ダンジョンでトラブル?」


「トラブルではないが……オークと戦って苦戦をした。仲間を探すか、武器を新しくするか、どっちがいいか悩んでいたところだ」


「ふーん。で、兄貴はどっちがいいと思ってるんだ?」


「仲間を入れた方がいいだろう。武器を変えるのであれば一からやり直しになるからな」


 剣や斧といった威力のある武器を扱うには、それ相応の訓練が必要である。特に正人はソロで奇襲から戦闘を始めることが多い。戦い方を一から組み立てなおさなければならず、ダンジョンの探索を中断して、もう一度、武術教室に通う必要もあるだろう。


 人生ゲームで言えば「振出しに戻る」といった状態だ。仲間選びを優先したいと考えるのも無理はなかった。


「…………一人、紹介できる奴がいるかもしれない」


 正人はギギギと音が出そうな首の動きをして、烈火を見る。

 目はまん丸に開き、口をパクパクと動かしていた。


「マジ?」


「マジ。ただ十六歳になったばかりだが、大丈夫か?」


「会ってみないと分からないな。親御さんの許可は?」


「すでに免許を持っているんだ、そういうことだろう」


 未成年が探索者の免許を取得するには保護者の同意が必要だ。十六歳で持っているということは許可を得ていることになる。周囲から反対されるといったリスクは低いと考えられる。


「紹介してくれないか。仲間にするかどうか面談させてくれ」


「了解。向こうもOKを出したら連絡するよ」


 正人は烈火が信用できない人間を紹介するとは思っていなかった。とりあえず、会う価値ぐらいはあるだろう。そんなことを考えながら、返事を待っていた。

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