第70話もっと可愛らしいのが良かった!!
「姉さん、私たちだけで勝てたねッ!!」
「やったね!」
ビックトードの姿が完全に消えると、ヒナタが冷夏に飛びついた。抱きしめあうとクルクルと回転して、お互いの顔を見て笑う。二人の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
ようやく探索者として活躍できた。達成感にも似た想いがあふれ出たのだ。
「スキルカードもあるなんてラッキーだよ!!」
抱きついたまま、ヒナタは床に転がっているビックトードのドロップアイテムを見ていた。
スキルカードの内容は離れた距離からも分かる。水の塊が飛び出すような絵だった。
「あれは水弾のスキルかな? 便利そうなスキルだったから手に入って良かったよね」
一つ一つの威力は正人が覚えているファイアーボールやエネルギーボルトに劣るが、連射性に長けているスキルだ。
ビックトードがしたように、周囲にばらまいて複数の敵を同時に攻撃することも可能だ。けん制や足止めするときにも使える。ボス系のモンスターを倒す決定打にはならないが、普段の探索では十分に活躍でき、覚えればパーティーの戦いの幅は間違いなく広がる。
「早くスキルカードと魔石を持って正人さんのところに行こッ! 私、取ってくるね!」
ヒナタが冷夏から離れて、無邪気な笑顔を浮かべたまま走る……が、その途中で足から力が抜けたように姿勢を崩し、倒れてしまった。
「ヒナタ!? どうした――」
冷夏が慌てて声を出したが切れてしまった。彼女もまた倒れてしまったのだ。
目標だったレベルアップによって、魔力によって体が作り替えられていく感覚に苦悶の声を上げていた。
魔力によってもたらす変化に耐えることが出来れば、生物としての格があがるのだ。
もちろん低確率ではあるが、里香のように暴走する危険もある。
正人は仲良く隣り合って倒れている二人を部屋のすみに引き離すと、うっすらと汗ばんでいる彼女らを注意深く観察する。
呼吸は浅く、喘いでいる。二人とも相手のことが気になっているのか、名前を呼び合っていた。レベルアップを待つ身としては長く感じていたが、トラブルもなく二人は無事にレベルアップが終わった。
浅かった呼吸は元に戻り、すぐに目を覚ます。
「おはようございます」
冷夏の第一声はなんともノンビリしたものだった。
正人は笑顔を返す。
「おはよう。無事にレベルアップできたみたいだね。おめでとう」
「体の奥から力が湧き出てくるような感覚……ついにレベルアップしたんですね」
「調子はどう? どこか痛いところない?」
「少し疲れた気がするだけで調子は良いです。ヒナタはどうなりました?」
「大丈夫。あっちもレベルアップしたみたいだね」
正人の視線につられて冷夏が里香の姿を見る。ヒナタがあぐらをかいて座っていて、談笑していた。
生まれてからずっと一緒にいた双子の妹が無事だと分かって、冷夏はようやく全身の力が抜けて安堵する。彼女の中でようやくビックトード戦が終わったのだ。
「この後はどうしますか?」
冷夏の質問に答えようと話しかけようとした正人だったが、ヒナタの絶叫によって中断された。
「ヤッターーーー!!!! スキル覚えてる!!」
子供のように飛び跳ねた後に里香に抱きつき、ヒナタが全速力で冷夏に走ってくる。
レベル二になり身体能力は向上しているので、オリンピックの陸上選手以上の速さで近づき、直前で飛び跳ねた。
宙に浮かんだヒナタを落ち着いた様子で冷夏が受け止める。
「どうだった?」
「ちゃんと伝わっていたよ。そっちもでしょ?」
「うん!」
抱き合ったまま見つめ合い、時間が経過する。
その間に、ヒナタにおいて行かれた里香が追いついた。
「似たような顔をしてるのに、見てて面白いの?」
先ほどまではしゃぎ回っていたヒナタが黙ったままだったのが気になり、里香が気安く突っ込んだ。
「スキルを試してたんだよ!」
「今ので!?」
「うん。『念話(限定)』ってスキルだよ。私と姉さんの二人だけに使えるの!!」
二人が先ほどまで使っていたスキルは、声を出さずとも意思疎通ができる便利なスキルだ。距離は関係なく、いつでもコンタクト可能ではあるが、同じスキルを持っていないと使えないこともあり、世間では覚えても使う機会のないスキルとして有名である。
限定とついているので双子の間でしか使えないが、パーティー内に限れば大きな制約にはならない。
「しかも姉さんは、もう一つ覚えたんだって!」
「ヒナタ!」
突然の暴露に慌てる冷夏が手で口を押さえようとする。
ヒナタは捕まらないようにと逃げ回るので、追いかけっこをすることになった。
「だってー! 黙っているわけにはいかないでしょ?」
「そうなんだけど……」
「ほら、恥ずかしがらずに言っちゃいなよー!」
「わ、わかったから! 言うから!」
顔を真っ赤にしながら冷夏が立ち止まった。
全員の視線が集まって気まずいと感じる冷夏だが、どんなに恥ずかしくても、覚えたスキルを伝えないわけにはいかない。
ゆっくりと深呼吸をしてから口を開く。
「か……」
誰もが、次の言葉を静かに待つ。答えを知っているヒナタも茶化すようなことはしない。
涙目になりながらようやく決心がついたのか、冷夏がついにレベルアップで覚えたスキルを伝える。
「怪力、怪力のスキルを覚えたのッ!!」
スキル名を聞いた正人は有用なスキルを手に入れたことで喜んでいた。
『怪力』のスキルは名前の通り、スーパーヒーローのような力が手に入るスキルだ。トラックのような重い物が持ち上げられるようになだけではない。力を使った際に体が耐えられるようにと、肉体の強度も高まるのだ。ゴブリンが棍棒を全力で振り下ろしたとしても、体を傷つけることは不可能。
正人の『肉体強化』が反射神経も含めて全体的に薄く強化されるのに対して、『怪力』は力に特化している分、スキルを使用した際の上昇率は高い。さらに魔力消費量も少ないので、戦闘中はずっと使用可能だ。前衛にとっては必須とも言えるほど、世間で使えると評判のスキルであった。
「すごい! めちゃくちゃ便利なスキルだよ!」
里香が褒めるが冷夏は暗い顔をしたまま。うつむいている。
「どうしたの? 何がそんなに嫌なの!?」
両手を肩に置いて、里香はさらに声を掛けた。
直ぐに返事はこない。小刻みに震えているだけだ。
しばらくして我慢限界が来たのだろう、冷夏が里香の手を振り払ってから勢いよく顔を上げる。
「だって女子なのに怪力だよ!? そんなのないよ!! もっと可愛らしいのが良かった!!」
涙目になりながらも抱えていた不満を爆発させた。
冷夏が気に入らなかったのは怪力という言葉のイメージだったのだ。思春期まっただ中の彼女にとって、スキル取得の喜びを上回るほどの羞恥心を感じていたのだった。
「きっと、ビックトードを吹っ飛ばしたから手に入ったんだね! スキルなしであれだけ飛ばせたんだから、次はどのぐらいとばせるのかな~!」
双子であるがゆえか、ヒナタは冷夏の気持ちをよく分かってはいたが、一つ多くスキルを覚えた姉が羨ましかったので、からかうことにしたのだった。
「ヒナタツ!!」
「ごめんって!」
再び追いかけっこが始まる。
始めのうちはアクロバティックな動きで翻弄していたヒナタだったが、優勢な状況は長く続かなかった。
冷夏が怪力のスキルを使って地面を叩きつけると、拳を中心に地面が円形状に沈む。
体勢を崩したヒナタは倒れ、冷夏に捕まると関節技をかけられてしまった。
「姉さん、痛い、痛いって!」
「絶対に許さないだから!」
一連のやりとりを見ていた正人は、冷夏に怪力のスキルはあっているなと思いながらも、慌てて仲裁するために走るのだった。
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