第130話お前ぇぇぇ!! まだ動けたのかよッ!!
里香、冷夏、ヒナタは一斉に声がした方を見て、顔をゆがめた。ボス部屋に入った男性が、補給所でナンパしてきた三人だと気づいたからだ。
魔力が切れて、膝をついて体を丸めている正人の代わりに、里香が前に立つ。
「これ以上は近づかないでください」
「協会と男に寄生しているだけの、無能なルーキーがなんか言っているぜ?」
ボス戦に割り込んでくるという非常識な行いをしている三人は、里香をバカにするように嗤いながら歩き続けている。
仮に戦いになっても勝てる自信があるのだろう。里香たちより、アイアンアントクイーンが残したドロップ品を見ていた。
「外殻の他にスキルカードまであるぞ。こりゃぁ、かなりいい稼ぎになるぜ」
「売るより使った方がよくね?」
「お前バカか? 売った金を元手にしてもっと安全な商売を始めた方がいいに決まってるじゃねぇか」
「確かに!」
「今日で俺たちは探索者を引退するぞ!」
無視して勝手に盛り上がっている男どもにキレたのは、冷夏だった。薙刀を肩に担いで歩き出そうとする。ヒナタが腕を引っ張って止めなければ、攻撃をしていたであろう迫力だ。
さすがに侵入者の三人も危険だと思ったのか立ち止まって、里香たちを見る。
「俺たちに従えば命は助けてやる。どうする?」
身勝手な提案だ。里香は交渉の余地はないと判断する。
「それはこちらのセリフです。出て行かないのであれば、この場で殺します」
あえて強い言葉を選んだったが、効果はなかった。
侵入者である三人の男は、ニヤニヤと嗤いながら、おそろいの両手剣を構えて戦う態度を見せている。
「交渉決裂ってヤツだな。いい女なのに残念だ」
言い終わるのと同時に先頭を立っていた男がスキルを使う。
――俊足。
姿がブレれて消える。里香は左側に殺気を感じてとっさに後ろに下がると、次の瞬間、大剣の切っ先が目の前を通り過ぎたのだった。
「ちッ」
高速移動からの奇襲をかわされて、男は不機嫌そうな顔をしながら舌打ちをした。仲間の二人は冷夏とヒナタに襲いかかって、激しい戦闘が始まっている。男たちは大剣のスキルを使っており、刀身が光っている。冷夏の方は怪力のスキルで対抗できているが、戦闘系のスキルを持たないヒナタは劣勢だ。
レイピアの細い刀身で大剣を受け流すのは難しい。後ろに下がり続けて壁まで追い詰められてしまう。
「負けを認めて、言うことを何でも聞くなら助けるが?」
「いーーーだっ!」
下心丸出しの言葉にヒナタは舌を出して反発した。
小娘に馬鹿にされたと思った男は剣を突き出そうとするが、口から血を吐き出してしまう。痛みに耐えながら目線を下に向けると、左胸に剣が突き出ていた。
「先に手を出したのはそっちだから。自分の弱さを恨みながら死ぬんだね」
僅かに魔力が回復して動けるようになった正人が、背後から剣を突き刺したのだ。大切な仲間が襲われたこともあり、冷たい目をしている。何度も人間と戦ってきたこともあり、殺人への忌避感はすでにない。邪魔なら排除する。探索者らしい思考になっていた。
「お前ぇぇぇ!! まだ動けたのかよッ!!」
里香と戦っている男が叫んだ。外部からは力尽きたように見えた正人が、まさか動けるとは思わなかったのだ。
主力が動けるのであれば、遊んでいる状況ではない。里香と戦っている男は思考を切り替えると、大きく後ろにステップして距離を取る。
冷夏と戦っている男も同様の動きをすると、二人同時にスキルを使った。
――エネルギーボルト。
向かう先は壁にびっしりとついているアイアンアントの卵だ。半透明の矢が何本も突き刺さると、卵から液体が飛び散り、壁際までに追い込まれていたヒナタにかかった。
「お前たちッ!!」
狙いのわかった正人が息を切らしながら走り出すが、警戒を強めた二人の男はとらえきれない。死んだ仲間を放置してボス部屋から逃げ出そうとする。
後を追うことも考えたが、液体のかかったヒナタを放置するわけにはいかない。正人は後で草薙に報告すると決めて立ち止まると、スキルを使用した。
――探索。
脳内に浮かぶレーダーマップには、多数の赤いマーカーがあった。
臭いを嗅ぎつけたアイアンアントが地面から這い出てきたのだ。ボス部屋をつなぐ通路には多数の赤いマーカーで埋まっている。
さらに状況は悪化していく。
ボス部屋の入り口に魔方陣が浮かぶと、アイアンアントクイーンが一匹召喚されたのだ。
正人たちだけでなく、襲撃してきた男たちにとっても予想外の出来事で、誰もが動きを止めて、視線が釘付けになる。
「ボスの再召喚……?」
「うんなことあるわけねぇだろッ!! 邪魔だから叩くぞッ!!」
襲ってきた男たちは召喚が終わった直後、動かないアイアンアントクイーンに向かって走り出した。その隙に正人はヒナタに近寄る。臭いを遮断する布を頭に巻きつけた。
「濡れた服は脱いで、着替えておいて」
「は、はい!」
ヒナタに指示を出し終えると、正人はすぐに里香たちと合流する。
アイアンアントクイーンと二人の男の戦いは続いているが、本気で倒そうとはしていない。攻撃しながら後ろに下がって部屋の内部に移動させている。
「逃げる気ですね」
人が通れるスペースを作るために誘導していることは、里香から見てもわかる。 一緒に戦えば背中を狙われる可能性もあるため、このまま黙って見逃すしかないと諦めて、次の戦いに備えようとしていた。
「里香さん、彼らは逃げ切れない」
「え、どういうことですか?」
「ボスから逃げ出せてもモンスターからは逃げ出せない。そういうことだよ」
探索スキルのレーダーマップに浮かぶ赤いマーカーは、卵の臭いに惹かれてボス部屋の近くにまで迫っていたのだ。
アイアンアントクイーンから逃げ出せたとしてもすぐに接敵してしまい、数に飲み込まれてしまうだろう。男たちの計画は、すでに崩れていたのだった。
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