第131話逃げよう。それしかない
「今だ! 部屋を出るぞ!」
ボス部屋の外にアイアンアントがいると気づけてない二人は、ボス部屋を飛び出して通路に逃げ出した。正人が予想してた通りに接敵したらしく、しばらくして戦闘音が発生する。激しい戦いが始まったかと思うと、すぐ悲鳴に変わった。
咀嚼音まで聞こえだし、何が起こったのか正人たちには容易に想像がつく。
「どうしましょう……」
部屋の中にまで誘導されたアイアンアントクイーンは、正人たちをターゲットにしている。外で死体を漁っているアイアンアントもすぐに殺到するだろう。広い部屋になだれ込んできたら敗北必至だ。
想定外の事故が立て続けに起こりすぎた。正人は撤退の判断を下す。
「スキルカードだけでも拾ってから逃げよう。それしかない」
スキルカードはアイアンアントとの戦いに活用できる可能性があるため、手札の一枚として確保しておくために回収しようと考えていた。
正人を先頭に四人は走り出す。
アイアンアントクイーンが前足で潰そうとするのを前に飛んで回避すると、正人は転がるようにしてスキルカードを拾い、ポケットにしまう。
絵柄を確認する余裕はない。
すぐに移動を再開してボス部屋を出て通路を進むと、すぐにアイアンアントの集団が見えた。全力でこちらに向かって走っているので、勢いを止める必要がありそうだ。
――ファイヤーボール。
再び残りわずかになった魔力を使って火の玉を三つ放った。最前列のアイアンアントに衝突すると爆発、炎上する。アイアンアントの走る勢いが止まった。
「突破口を作る!!」
正人は宣言すると短槍を前に構え、スキルを使用する。
――突進。
短槍、体が光ってアイアンアントの群れに衝突すると、吹き飛ばしていく。正人に接触したアイアンアントは、宙に舞うと体がバラバラになって落下していった。
立ち止まって後ろを振り向くと、あり得ない出来事が起こっていた。
「アイアンアントクイーンッ!!!」
ボスは部屋から出てこないという人間側の常識、思い込みを嘲笑うかのように、追いかけてきたのだ。
正人の作った道を走ろうとしていた里香たちを襲っている。
助けに行かなければ。
反転して正人が走り出そうとすると、脇腹をアイアンアントの鋭い大顎で貫かれてしまう。
「グッ」
短いうめき声を上げながら大顎を引き抜き、距離を取る。
ボス部屋に迫っていたアイアンアントが正人を取り囲んだ。
――自己回復。
脇腹を回復すると、襲いかかってくるアイアンアントの攻撃を回避する。さらにカウンターを放ち、頭部と腹部の境目を短槍で突き刺す。動きが止まった正人に、三匹のアイアンアントが大顎を左右に開いて襲いかかった。
すぐに短槍を引き抜き跳躍して回避すると、大顎を閉じた三匹のアイアンアントがお互いの頭部を傷つけてしまう。アイアンアントの上に着地した正人は、後ろに下がって包囲網から脱出した。
離れた場所では、アイアンアントクイーンと里香たちの戦いが始まっているが、助けには行けない。もし正人がこの場を離れてしまえば、アイアンアントと同時に相手にしなければいけないからだ。
アイアンアントクイーンとの戦いに専念できる状況を作るため、足止めが必要だった。
「やるしかない」
魔力不足により、これ以上のスキルは使えない状態。アイアンアントは目算で五十匹以上。手に持った短槍は多数と戦うのには向いていない。長期戦に備えるため、また圧倒的な不利な状況を変えるべく、正人は短槍を投擲してアイアンアントの頭部に突き刺してから走り出した。
狙いはボス部屋に乱入した冒険者の死体、その近くに置かれている大剣だ。刀身が赤黒く、見た目からして鉄より性能がよいことがわかる。
攻撃してくるアイアンアントをすり抜けて、地面に落ちている大剣を手に持った。
「うぉぉおおおお!!」
声を出しながら全身に力を入れて横に振るう。
アイアンアント二匹をまとめて吹き飛ばすと、周囲を巻き込んで転がっていく。
『大剣術:大剣の扱いをサポート、威力を上げる』
新しいスキルを覚えたのと同時に魔力の総量も増加。さらに増加分の魔力で、スキルが使用できるようになったが、正人は魔力の温存を選んだ。
今回はアイアンアントを倒すのが目的ではない。里香たちを守る戦いなのだ。
正人を通り抜けようとするアイアンアントを優先して大剣で攻撃しながら、少しでも長く動けるように、体力と魔力の配分を気にしながら戦っていた。
◇ ◇ ◇
アイアンアントクイーンに追いつかれたヒナタは、前足の攻撃を横に飛んで回避して立ち止まっていた。里香が片手剣を振り下ろして追撃を中断させて、ターゲットを自分に向ける。
ヒナタは後ろに回って足の関節を狙ってレイピアを突き刺す。双子の姉、冷夏は怪力のスキルを使って薙刀を全力で振り回していた。
集中攻撃を受けたアイアンアントクイーンは、小バエのようにうっとうしい人間をまとめて排除すると決める。腹部をピクピクと痙攣させた。
「毒霧が来るよ!!」
兆候を見落とさなかったヒナタが叫ぶと、三人とも距離を取ると、
――毒霧。
数秒後にヒナタがいた場所に紫色の霧が勢いよく放たれた。射程範囲外にまで退避していたので、誰もダメージは負っていない。再び攻撃をするために近づこうとする。
「ダメ! また来る!」
冷夏の警告は一歩遅かった。ヒナタは立ち止まったものの、射程範囲に半歩入ってしまったのだ。
――毒霧。
二回目の毒霧が放たれた。ヒナタは後ろに下がるが間に合わず、足が焼かれて皮膚が溶ける。肉がむき出しになり、熱をもつ。刺すような痛みが全身を襲った。
「いたぁぁあああ」
叫び声を上げながら倒れてしまう。
動けないヒナタにアイアンアントクイーンの後ろ足が迫る。
「させない!!」
全力で冷夏が走り、薙刀を下から上にすくい上げるようにして振るう。
ガンと、重い金属音が鳴るとともに後ろ足を受け止めた。
「ヒナタ! 今のうちに逃げて!」
目に涙を溜めながら動かせない足の代わりに腕を使い、這いつくばるようにして移動する。だが、その動きは遅い。
弱った獲物を狙うアイアンアントクイーンは、とどめの一撃を放つために冷夏の攻撃を無視して、ヒナタに向かってもう一方の後ろ足を振り下ろそうとしていた。
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