第117話四千万円でガチャを回すと思えばいいか
沖縄から戻った武田ユーリは、相変わらず探索協会からの依頼をこなしていた。
不正に魔石を取引している探索者の捜索や探索協会の金を横領してダンジョンに逃げ込んだ探索者の抹殺など、様々な仕事を完遂してきた。
毎回仕事を完璧にこなすユーリの評価は高まるばかりだ。しかも汚れ仕事も率先して行う。探索者の数は多く、末端であれば換えが効くとはいえ、ユーリほど優秀で探索協会にとって都合のよい探索者はいない。仕事が依頼される頻度は高くなっていた。
◇ ◇ ◇
部屋で漫画を読みながら三連休の最終日を堪能していたユーリに、一本の電話が来る。相手は探索協会だ。スマホの通話ボタンをタップして耳に当てる。
「ユーリです」
いつもより低めの声を出して電話に出た。
「また、仕事を依頼したい」
通話の相手はユーリの担当をしている探索協会の役員だ。
声色からして、よくない話がくると感じ取る。
「探索者の男が三人、反社会の人間に魔石を流している。今年に入って三度目だ。見せしめとして、スキルを奪い取ってからダンジョン内で処分してくれ」
求めていた依頼がきたと、内心で喜んでいるユーリは口元が緩む。ビデオ通話だったら、相手は不信感を抱いてしまうほど表情が一変してた。
スキルを奪うという仕事の特性上、美都の存在は必須だ。普段は監視の目があって接触は出来ないが、仕事であれば遠慮なく会える。彼女と行動を共に出来るのであれば、新しいスキルカードが入手できる可能性があるのだ。
この前手に入れた透明化のスキルのように、ユーリは協会に黙って新しいスキルを手に入れようとしていた。
「なるほど。私は探索者崩れのチンピラを処分すれば良いのですね?」
内心を押し殺していつも通り興味なさそうに確認を取る。
通話の相手はユーリの変化に気づけなかった。
「そうだ。詳細は後で送る。確認しておけ」
いつも通りの決まり文句を言われると、返事を待たずに通話が切れた。
ツーツーと終了音だけが聞こえる。
ユーリはスマホから耳を離すとチャットアプリを立ち上げた。相手は正人だ。
『沖縄で見つけた謎のポーションだが、調べても効果は不明だった。効果を調べるためには誰かが飲むしかない。俺が試したいから、四千万円で買い取らせてもらえないか?』
犯人を追い詰めた際に見つけたポーションの効果は調べてもわからなかった。これは事実であるが、ユーリはある程度予想が付いている。つい最近発見された、能力アップポーションだと考えているのだ。
まだ表に出ていないが、世界各国から発見の報告が上がっており、効果検証が進んでいる。人体への影響が調べ終わったら、発表される予定だ。
秘匿情報を探索協会から仕入れていたユーリは、正人に黙って能力アップポーションだと思われる液体を飲むつもりでいた。
一時間後、正人から返信が来る。
『金額に不満はありませんが、大丈夫ですか?』
大丈夫とは、四千万円も出せるのかといった意味だ。
正人にとって高く売れる喜びよりも恐怖が上回る金額である。しかも個人が出す金額と言うこともあって、確認の連絡をいれたのだった。
『こう見えても金は持ってるんだ。気にせず受け取れ』
四千万円とはユーリがすぐに使える金額であり、総資産はもっとある。それほどまで探索協会の金払いはいいのだ。
使える者には優遇して身内に取り込む。組織としての性質が色濃く出た結果である。
『わかりました。それではこの前見つけたポーションは四千万円で売却します』
『よし、売買成立だ。金は来月末までに振り込む』
会話を終えると、ユーリはスマホをテーブル置いた。立ち上がると冷蔵庫を開けて、赤い液体が入ったフラスコ瓶――沖縄で発見したポーションを取り出した。
蓋を開けて匂いを嗅ぐ。
何もない。水のように香りはなかった。
「まあ死んだら、それまで。四千万円でガチャを回すと思えばいいか」
そんな高いガチャは誰も回さない。しかも自分の体を実験台に使うのだ。普通の神経をしていたら挑戦などしないだろう。
だが、ユーリは違う。これから敵対する相手を考えれば、少しでも強くなるチャンスがあったらリスクを度外視して行動を起こす。その際に死んでしまえば、所詮、己はその程度。どちらにしろ目的は達成できなかったと、割り切っていた。
フラスコ瓶に口をつけて一気に飲む。味はしない。
「ふぅ、何もおこらないな。体を動かして能力の変化を確認するか?」
すぐに変化が出ると期待していたユーリは、少しガッカリしたような声を出す。フラスコ瓶をキッチンのシンクに置く。スマホを取ろうとして、膝に力が入らなくなり倒れてしまった。
風邪を引いたときのように体全体が熱い。
肺に空気が入らず呼吸が浅くなる。
全身から、ぶわっと汗が出てきた。
「これは……ッ!」
痛みによって言葉は中断される。
内臓がひっくり返るような不快感に襲われ、吐きそうになった。
そんな状態ではあるが意識だけはハッキリしており、じっと耐えるしかない。
体を丸めて数十秒。次第に痛みが退いてきた。
時計を見ると、不調が発生してから一分ほどしか経過していなかったが、ユーリはフルマラソンを終えたぐらいの疲労感を感じている。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
仰向けになって天井を見る。息を整えながら、ゆっくりと右腕を上げた。
「マジかよ。こりゃぁ、一億円だしても買うべき物だな」
レベルを示す手の甲の痣、それが四本あったのだ。ポーションを飲むまでは三本だった。強敵を倒さずとも、ポーションを飲んだだけでレベルが上がったのである。
ユーリが言うとおり、一億円でも買うべき価値があるポーションだった。しかも今回はレベルが上がっただけでは終わらない。ついにユーリもユニークスキルを手に入れたのだ。
「復讐者か、こいつは使えるぞ」
他人が見たら背筋が凍りそうな笑みを浮かべていた。
復讐したいと思っている相手と同じ組織にいる人間と戦う場合、能力が一.五倍されるという恐るべき能力だ。
世界でもレベル四に到達した探索者は多くない。日本では道明寺隼人のみだ。そういった上位の探索者に仲間入りしたユーリは、条件をクリアすると能力が一.五倍されるのだから、恐ろしい。数十人の探索者を相手に、無双することだって不可能ではないだろう。
「賭に勝った。次の依頼で最後にしよう」
全身のだるさが抜けたユーリは立ち上がると、スマホを持ってメールを見る。
探索協会からの依頼を確認しながら、反逆の計画の脳内で組み立てるのであった。
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