第67話あんな美人を前にして手を出せないなんて
数日後。正人たちは七階層まで、東京ダンジョンの攻略を進めていた。
実用的なスキルを覚えた正人にとって六階層のモンスターはすでに脅威ではない。『探索』や『自動浮遊盾』によって不意打ちはすべて防いでしまう。モンスターの姿が見えれば『エネルギーボルト』または『ファイアーボール』を放って、近づく前に倒せてしまうのだ。
魔力の総量が上がったことにより、魔力切れの心配もなくなり、スキルが十分に活用できるようになると、もはや六階層に出現するモンスターは相手にならなかった。
七階層も出現するモンスターは変わらないので同様だ。正人を先頭に歩いているため、トラブルが起こることはない。
今も数十メートルほど離れた場所から、集団で襲い掛かろうとしたリザードマンが、正人が放った数十本のエネルギーボルトによって次々と倒されていく。
里香たちは魔石を拾うだけで先に進めてしまう。平和すぎるため、魔石狩りの日帰り旅行に来てしまったのではないかと錯覚してしまうほどだ。
「ダンジョン内がここまで平和だと感覚がくるってしまいそうですね……」
冷夏が呆れたような声を出した。
ダンジョンに入ってからまともな戦闘が発生していないどころか、一度も武器を振るってないのだ。
緊張感など維持できず、隣に居るヒナタと悩みを話し合うことになる。
「そうだねー! 私たちいるのかな? って思っちゃうよね!」
「レベルアップするために色々とお世話になってるんだから、そういうことは言わないの」
「もちろん、感謝しているよ! ただ、レベルアップしても追いつけるかなーって!」
「それは、そうだね……」
冷夏は否定しようととして、出来なかった。ずっと漠然と抱えていた不安を指摘されたからだ。
「正人さん一人で、何でも解決できちゃうからね」
言い終わると冷夏の口が止まった。
レベルアップをして土台は同じになったところでスキルの差が大きすぎて、越えられる気がしないのだ。
トップレベルの探索者から見ても驚くほどのスキルを覚えている正人と、対等な仲間として活躍するためには、最低でもレベルは上回っていなければ話にならない。冷夏やヒナタがレベルを一つあげたところで、足を引っ張る存在だというのには変わりないのだ。
「レベルアップの時にスキルが覚えられることを期待するしかないのかな」
その確率は低いが、スキルを覚えればその効果は正人やユーリが紹介した探索者が実証している。
レベル差を覆すほどの強力なスキルを覚える方法であり、だれにでも平等にチャンスがあるのだ。
「そうだねー! 冷夏と一緒にレベルアップとスキルゲット! それを目指そうー!」
ヒナタの明るい声に引き付けられるように冷夏も笑顔になると、先ほどの悩みも薄れていったのだった。
◆◆◆
探索協会が管理している洞窟前にたどり着いたのは昼前だった。通常では考えられないほど速いスピードで進んだ結果だ。
入り口には二人の探索者がおり、周囲を警戒することなく、カードゲームで遊んでいる。
そのうちの一人が、正人の姿に気づくと立ち上がる。剣をさやから抜いて抜刀すると、近寄ってきた。
「迷子か? ここは探索協会が管理している場所だ。勝手に近づいてよい場所じゃないぞ」
カードで遊んでいても仕事を放棄していたわけではない。やや高圧的ではあるが、不審人物を排除するために立ちふさがったのだ。
正人は懐から探索者カードを取り出すと、名前と写真が見やすいように前にかかげる。
「神宮正人です。探索協会の谷口さんから利用許可をもらっています」
その言葉を聞いて、目の前の男が笑顔になった。
「おー! なんだ、お前が正人か! 話は聞いている。歓迎しようじゃないかッ!」
バンと肩を思いっきり叩かれた正人は、顔をしかめた。
そんなことなど気にしない男性は剣を鞘にしまうと、そのまま反転して元にいた場所に向かって歩き出す。
「客が来たぞ! カードは中止だ! 中止!」
「お前、負けそうだからってそれはねぇだろ!」
「今回はマジで客なんだって! 谷口のおっさんから聞いてただろ?」
「おぉ! そうだった! 忘れてたぜ」
残っていた男はトランプカードを手放す。立ち上がって正人を手招きした。
状況を正しく理解できているというわけではないが、それでも歓迎されていることぐらいは分かった。正人は里香たちに「行こう」と声をかけて近寄る。
「初めまして。正人です。この洞窟を利用しても大丈夫でしょうか?」
「おう、俺は拓真、そんでこいつが智成」
最初に声をかけてきた男性——拓真が自己紹介をした。
「よろしくな! たまに何も知らないバカな探索者が文句を言ってくるときもあってな、最初は警戒することになっているんだ。気分が悪くなったらすまんな」
抜き身の剣で近づき拒絶するような態度だったのは、職務を全うしようとしていたからだ。
問題がない相手だとわかれば、こうやって親切にしてくれる。待機時間が長く暇なこともあり、無駄口が多いのが欠点だが……。
拓真が正人の肩に腕を回して顔を近づける。
「女三人引き連れたパーティーか。珍しいな。しかも若い」
「別に狙ったわけじゃないですよ?」
「わかってるって! で、だれが本命なんだ? 彼女たちには黙っておくから教えてくれよ」
こいつ、分かっていない。
思わず正人は声を漏らしそうになった。
目線だけ移動させて、里香たちを見る。智成と紹介されていた男性が、洞窟に入る際の注意点などを説明していた。真剣に話を聞きつつ、質問をしている。
「拓真さんが考えているような関係じゃないです。親戚の子供とその友達の面倒を見ているだけなんですって。手を出したら、信じて預けてくれた叔父さんに殺されちゃいますよ」
本当のことを言っても納得しないだろうと考えた正人は、もっともらしい嘘をつくことにした。
効果はあったようで、拓真はにやけた顔から哀れむような表情に変わった。
「お前も大変だな。あんな若くて美人な女を前にして、手を出せないなんて……」
正人は応える代わりに小さなため息をついて、拓真の腕を振り払った。
「ということですので、ご心配は無用です」
「オッケーだ。まぁ、頑張ってくれ」
興味をなくした拓真は智成と合流すると、今度は冷夏に話しかけた。ヒナタが間に入って、話をそらそうとしているが上手くいっていない。
正人は慌てて駆け寄ると、パーティーメンバーにちょっかいを出さないように注意をするのだった。
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