第68話絶対に勝つからね

 遠慮なくプライベートに踏み込んでくる探索者と別れて、正人たちは探索協会が管理する洞窟に入った。


 光源は用意されておらず暗闇に包まれている。


 全員が腰につけていた電気ランタンの電源を入れると、壁の質感まで見えるほど明るくなる。周囲の光源は確保できた。


 ——索敵。


 次に正人がスキルを使った。周囲にモンスターのマーカーは浮かんでいない。不審な点はない。探索協会の情報どおりで安堵する。イレギュラーが続いていたので「ここでも異変があるのではないか?」と、正人は先ほどまで嫌な想像が膨らんでいたのだった。


 一本道の先にはビッグトードしかいない。他のモンスターは出現せず、強い個体だけと戦える好条件。情報と現場に違いはない。


 慎重に安全を確認してようやく落ち着くと、正人は後ろを向いて冷夏とヒナタに話しかける。


「地図によると、数百メートル先に扉があって、その奥にある部屋にビックトードが待機しているらしい。部屋に入った直後、僕と里香さんが光源をばらまく。その後の流れは二人に任せるけど……大丈夫?」


「もちろんです。必ず私たちだけで倒してレベルアップしてみせますから」


「だよねー! ヒナタも今日は頑張るよ!」


 今回の主役である冷夏とヒナタが元気よく返事をした。


 ビックトードを倒してレベルアップをする。その可能性を上げるためには、正人や里香は手出しできない。強敵を倒して試練を乗り越えなければならないのだ。


 当然、正人には不安は残っている。年下を守りたいと思う長男が持つ心がムリさせるなと訴えてくる。だが、探索者を続けるのであれば過保護に育ててはダメなのだ。今回の戦闘で負うリスクは必要なもので、乗り越えなければいけない壁なのだから。信じて待つのが唯一出来る方法なのだ。

 

「よし、行こうか」

 

 正人を先頭に歩き出す。トラップもモンスターの影もない。順調に進んでいくと巨大なドアの前にたどり着いた。


 複雑なレリーフが刻まれており、一見するとボス部屋の前についたようにも見える。

 お互いに顔を見合わせてうなずくと、冷夏とヒナタが左右に分かれて扉を開いた。


「僕は左に行く、里香さんは右で!」


 最初に部屋に飛び込んだのは正人と里香だった。懐から細長い棒を複数本取り出して、パキっと折り曲げると発光した。


 それを部屋の四方に投げ捨てると、部屋全体が明るく照らし出された。


「グェェェ!!」


 全長5メートルはある巨大なカエルが威嚇の鳴き声をあげた。


 正人と里香のどちらを攻撃しようか迷っている間に、冷夏とヒナタが正面から攻めに行く。


「タァ!」


 ヒナタはレイピアで目を狙うが、ビックトードは真上に向かって飛び跳ねて躱すと、巨体にふさわしいほど重い体で押しつぶそうとする。危険を察知したヒナタは、当たる直前で転がって回避した。


 ドンと地響きが鳴り、同時に空気が震えた。回避できなければ潰されて、内臓を吐き出して死んでいたのは間違いない。


 死と隣り合わせの特殊個体との戦闘を覚悟していた二人は、恐れることなく果敢にも攻めを続ける。


 ビックトードが着地した、その僅かな一瞬を狙って冷夏が薙刀を横に振るったのだ。


「グェ!?」


 表面に浮かんでいる粘液で刃が滑り、口元に浅い傷しかつけられなかったがビックトードの動きが止まった。


 ヒナタは倒れた体勢から猫のように飛び跳ねて立ち上がると、再び目を狙った突きを出す。逆側では冷夏の薙刀が左目を狙って突き出されていた。


 左右同時の目を狙われたビックトードは回避するのではなく迎撃することを選んだ。


「グエーーーー!!」


 ビックトードと冷夏たちの間に水の壁が出現して、二人の武器が衝突。下から上に水が流れる勢いに負けて腕が上がった。武器こそ離すことはなかったが、大きな隙が出来てしまう。


 数秒で水の勢いが弱くなり、壁を突き抜けるようにして長い舌が冷夏を襲った。


「き、気持ち悪い!!」


 ヌメヌメとした舌が手足に絡みつき動けない。抜け出そうとしても力では勝てず、自力は無理だ。ヒナタが助けようと動き出すが、その前に体を持ち上げられてしまった。


 ギリギリと体を締め付けられて、冷夏が苦痛の表情を浮かべる。


「ヒナタがなんとかするッ!」


 助けようと動き出した正人を制止してから、レイピアで舌を切るつもりで駆け出す。


 段階的にスピードを上げていき、射程に入る数歩前で一気に最高速度にもっていくと。その直後、ヒナタの背後から水の壁が出現した。


 近づけば必ず同じスキルを使ってくると予想して、読みあいに勝ったのだ。


 ヒナタの攻撃を邪魔するものはいない。ビックトードが逃げだそうと足に力を入れるが遅かった。


 風を切る音と同時に鮮血が舞う。舌が切られたのだ。切断にまで至らなかったが、痛みによって拘束していた力が弱まり冷夏は自力で巻き付いていた舌から抜け出す。


 着地した冷夏に近寄るとヒナタは声をかけた。


「大丈夫!?」


「まだ体はヌメヌメしているし、痛いけど、まだ動ける。」


「あの変態!! 舌を切り刻んでやる!」


 粘液で防具の下にまでつけている服が濡れている姿を見て、ヒナタの怒りは頂点近くまで高まる。


 冷夏はすぐにでも動き出しそうなヒナタの肩に手を置いて止める。


「資料で見たことを思い出して。切りつけたところでヌメヌメのせいで効果は薄いよ」


 ギルドが集めた攻略情報を見ていた二人は粘液で刃が滑ることも、防御のために水壁のスキルを使うことも知っていた。


 最初から粘液をとってしまう薬品を使っていたのであれば、もっと安全に楽に倒すことも可能だった。だが、それでレベルアップに必要な試練を乗り越えたのかと言われれば、彼女たちは「違う」と答えるだろう。


 だからこそ効率は気にせず、事前情報は忘れて、自分たちで確かめる手間を加えたのだ。


「分かってるって! やっぱり狙うの?」


「うん。ちゃんとこの目で確認したよ。足の裏やお腹周りは乾燥してるみたいだから、そこを狙う。いい?」


「おっけー! ヒナタはかく乱すればいいんだよね?」


「うん。思いっきりやっちゃって。私たちだけで絶対に勝つからね!」


「もちろん!!」


 笑顔で答えるとヒナタは駆け出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る