第66話今のうちに手を打っておくのは良いと思いますよ
スキルを覚えた正人が次に取りかかったのは、冷夏とヒナタのレベルアップだ。
二人のレベルが上がれば、パーティの安定感は高まるのだが、レベルを上げようと思って上げられるのであれば誰も苦労しない。探索者の半数以上はレベル一のまま活動を終えるという調査からも、レベルアップする難しさが分かるだろう。
それでもレベルを上げるのであれば、一般的にはボスに挑戦するのがよいと言われている。確かにレベルが上がる確率が高い方法ではあるのだが、冷夏とヒナタが次に戦えるボスは十階層までいないため、今回は使えなかった。
もう一つ、運の要素が絡んでくるがレベルを上げる方法がある。それは正人が戦ったジャイアントスケルトンのような「定期的にフロアに出現する強い魔物」を見つけて倒すことだ。魔物さえ見つけることができれば、経験を積んだ二人のレベルアップは難しくない。
だがその魔物がどこにいるのか、正人にはわからない。情報が必要だ。
正人は携帯電話を取り出すと、魔物の情報が最も多く集まる探索協会に電話をかけることにした。
◆◆◆
「フロアに現れる強力な魔物ですか……」
声の主は、正人の担当になっている谷口だ。
ユーリに情報を漏らしたこともあり、正人にとっては話したい相手ではないが、それでも内部情報をしっている貴重な人間には変わりない。利用できるのであれば何でも利用するの精神で、情報提供を頼んだのだった。
「レベルアップを狙っているんですね?」
「そうです。パーティーメンバー全員をレベル二にまで引き上げたくて……」
「パーティー間でレベルの差が広がってしまうと、解散の原因になりますからね。今のうちに手を打っておくのは良いと思いますよ」
戦闘においてはレベルが低い探索者は間違いなく足を引っ張る存在になる。料理や交渉、斥候など、戦闘以外の分野で役に立てなければ、存在価値が薄れてしまい、報酬などでもめてしまう。そうなってしまえばパーティーは解散して、同レベル帯の探索者とパーティーを再結成するしかないのだ。
今の関係に満足している正人は、パーティー解散という運命を回避するためにも、レベルアップは必要だと意思を強める。
「五階層のボスは倒してしまったので、次に会うボスは十階層だと思います。その前にレベルアップをしたいんです」
「それなら、ちょうどいい話がありますよ。七階層に協会が管理している洞窟があります。そこの奥に、強力な魔物が定期的に表れるんですよ。この前使ったのが三か月前だから、今なら確実にいます。参加するなら利用申請を出しますが……どうします?」
ダンジョンの一部で強力な魔物が出現する特定のエリアがある。
そういった場所は探索協会が管理しており、特別に許可された探索者しか訪れることはできない。
表向きは「探索者の安全確保のため」といった聞こえの良い言葉で説明しているが、実際は、探索協会に協力的な探索者がレベルアップしやすい環境を独占しているのだ。
ユーリからの報告によって、正人が探索協会に協力的な人物だと思われているため、谷口から使用許可を出す提案があったのだ。
「出てくる魔物の種類を教えてもらえますか?」
「ビックトードと言われていますね。名前の通り巨大なカエルです。強力な酸を吐き出すのと、表面がヌメヌメしているので武器を当てにくいという特徴がありますが、ファイアーボールで肌を焼いてしまえば対処可能です。正人さんたちなら十分倒せるレベルの相手だと思いますが、どうしますか?」
「申請、お願いします」
即断だった。多くのスキルを覚えた今の正人にとって迷う必要要素は何一つない。
何かあれば自分一人でフォローできる。それは彼の自惚れではなく、純然たる事実だ
「わかりました。それでは申請手続きをしておきます。正人さんなら、すぐに承認が下りると思いますので、準備は進めておいてください」
谷口との会話が終わると、携帯電話をしまって歩き出す。
向かう先は、里香の家だった。
◆◆◆
アパートの階段を上って、インターフォンをならす。
「はーい」
すぐに里香の声が聞こえた。ガチャリと音を立ててドアノブが回って開いた。
「いらっしゃい、です」
「お邪魔していいかな?」
「もちろんです! 二人も待ってますよ!」
正人が里香の家に入る。畳張りのワンルームだ。内装は、全体的に時間の経過を感じさせる味わいのある色合いをしていた。部屋の中心にローテーブルが置かれていて、冷夏とヒナタがクッションに座って談笑をしている。
「お土産持ってきたから、食べながら今後について話そうか」
「わーい! ありがとう!」
「ありがとうございます」
冷夏とヒナタのお礼の言葉を聞きながら、正人は持っていた紙袋からマカロンがぎっしりとつまった箱を取り出して開ける。
その隣では里香が飲み物を配り、用意が終わると、それぞれクッションに座る。
マカロンを食べて「美味しい~」と感想を漏らす。三人が落ち着いたところで正人は本題を話すことにした。
「明後日からダンジョンに入ろうと思う」
「一週間ぶりですね。七階層を目指します?」
里香がマカロンを慌てて飲み込むと返事をした。
「確かに七階層には行くんだけど、目的は到達階層の記録更新じゃない。冷夏さん、ヒナタさんのレベルアップなんだ」
名前を挙げた二人が同時に正人を見ると、双子らしい息の合った動きに頬が緩んだ。
「パーティーのレベル差をなくしたいんだ。そうなればもっと安定する。それに運良くスキルを覚える可能性もあるしね。チャレンジしてみない?」
「する! する! しまーす!」
ヒナタが元気よく手を上げた。冷夏も少し考え込んでから頭を下げた。
「里香さんも、いいよね?」
「もちろんです! 二人がレベル二になったら嬉しいですから! でも七階層でレベルアップに適した魔物は出現するんですか?」
「探索協会が管理しているエリアに、強い魔物が出てくる場所があるらしい。特別に入る許可をもらったから、そいつを倒してレベルアップしようって計画だよ。魔物の情報ももらったから、今から作戦会議を開こうか」
正人は谷口からもらったビックトードの詳細な情報が記載された紙をローテーブルの上に置く。里香たちに攻略のための説明を始めたのだった。
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