第65話一人で数人分の働きができますね
三日後。正人とユーリ、そしてもう一名の男性の探索者は、東京ダンジョンの一層目にいた。周囲に人どころかモンスターもいない。人気のないスポットだ。
「こいつは、同業の川戸だ」
男性を親指だけを向けて、ユーリは名前を伝えた。
何の同業なのかは、正人でも容易に想像がつく。川戸はダンジョン内の犯罪者と戦う探索者だと伝えたのだ。ユーリにとって普通の探索者は同業とは思っていない。犯罪者と戦う探索者のみが、彼にとって同業となる。
「対人戦のスペシャリストで、俺ですらコイツに勝てるか分からん。使い勝手の良いスキルを見せてくれるはずだ」
モンスターとの戦いは高威力、広範囲のスキルが好まれるが、対人戦では応用力や小回りが重視される。効果と効率。モンスターと比べて脆い人との戦いでは、そういった考えが大事であり、探索者でも覚えるべきスキルの傾向が違うのだ。
対人戦を生業にする探索者であれば、誰でも知っている知識を正人に伝えると、再び川戸の話に戻る。
「最後に一つ重要なことを教えてやろう。対人戦に特化したヤツは、切り札として珍しいスキルを持っていることが多い。川戸、お前も持っているよな?」
「…………もちろんだ」
川戸と紹介された男性の探索者は、たっぷりと間を取ってから、聞き取るのがようやくといった大きさの声でつぶやいた。
「悪いな。コイツ無口なんだよ。だから、協会のジジィどもにも信頼されているんだがな」
ユーリは川戸の背中を叩きながら言った。
不安が残る部分もあるが、正人は大人しくうなずくと、魔力視を使ってスキルを覚える準備を済ませた。
「わかりました。では、さっそくスキルを見せてもらえませんか?」
「おう。川戸! お前のとっておきのスキルを見せてやれ!」
ユーリが言い終わった直後、スキルが発動された。
――自動浮遊盾
川戸の周りに半透明の青い盾が四枚。川戸の周囲を守るようにして浮かんでいた。
ふわふわと小さく上下に動いており、重力や質量を感じさせない。指で軽く触れれば、風船のようにどこかに行ってしまいそうなほど、軽い印象がある。
だがそれは、ユーリが投げた石によって大きく変わることとなる。
川戸に当たる直前に、浮遊していた盾の一枚が動いて投石を防いだのだ。
ガンッと固い衝突音がしてから石がぽとりと落ちた。
「今のは、自動で動かしたんですか? それとも意識して?」
「自動、だ。もちろん、任意でも動かせる」
正人は、最初から凄いスキルを教えてもらったと感じた。
自動で動くということは、不意打ちはもちろんのこと、正面から戦っているときも邪魔にならずに使える。特に複数人に囲まれた時、最も効果が発揮されるスキルなのは間違いない。
自動浮遊盾は、一般的には知られていないスキル。スキルカードではなくレベルアップによって手に入れたユニークスキルだ。
通常より多くの魔力を込めれば固くなり、サイズも大きく出来る。砕けても再生は可能だと、実演しながら川戸は語る。
正人は、その操作をじっと観察する。魔力の動きからスキルの操作を学び、気づかれないように魔力を動かしていく。何度も、何度もだ。
「話はそのぐらいで十分だろう。せっかくだから実演するぞ」
基本的な使い方の説明が終わると、今度は実践での使い方を紹介するため、ユーリと川戸が手合わせを始めた。
その隙に、正人はスキルの発動を試みる。
観察した内容を思い出して魔力を動かす。何度も繰り返していたこともあって、スムーズに動きが再現されていくと、正人の脳内にメッセージが流れた。
『自動浮遊盾、敵の攻撃を自動で防ぐ』
スキルを説明されたことで理解度が高まり、いつもより早く覚えることが出来たのだ。
正人は出現した浮遊する盾を慌てて消すと戦っているユーリたちを見る。
「どりゃぁぁ!!」
ユーリから繰り出された槍の一刺しによって盾が一枚砕けるが、すぐに新しい盾が出現する。それをまたユーリが破壊するが、また新しい盾が出現した。
「クソッ!! キリがねぇ。めんどくせぇぞ!!」
「……それが俺のスキルだ」
「だから、お前とは戦いたくないんだよッ!!!!」
正人がスキルを学ぶための実演だということも忘れて、ユーリの攻撃が激しくなる。川戸は盾の硬度を高めるが、それでも破壊され続ける。ついに再生より、破壊のスピードが上回ると、槍の切っ先が川戸の喉元を狙う。
「危ない!」
正人が叫んだのと同時に川戸の前に小さい盾が三枚、重なるようにして出現した。パリンと小さな音を立てて二枚まで貫かれるが、最後の一枚でユーリの槍を防ぐ。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
先ほどまで嵐のように動き回っていた二人だったが、今は完全に停止していた。荒い呼吸音だけ聞こえる。
数秒で呼吸を整えたユーリは、槍を引いて肩に乗せると正人を見た。
「ってなわけで、自動で防ぐ便利なスキルだ。デカい欠点はないから、このとおり面倒だ」
危うく人を殺しかけたというのに一切気にしていない態度に、やや引き気味の正人は声を出さずにうなずいて返事をした。
「せっかくだから、正人も体験してみろよ」
「わかりました」
ユーリから槍と受け取ると川戸の前に立つ。すでに浮遊する盾が四枚浮かんでいた。正人は実際に戦うイメージをしながら槍を突き出すが、盾が簡単に防いでしまう。
はじかれた槍を引いて横に薙ぐが、結果は同じだった。どのような攻撃もすべて川戸は動くことなく防いでしまう。
「確かにこれはやりにくいですね。どこを攻撃すればいいか分からない……」
「こいつを突破するには複数人で同時に襲うか、もしくは強力なスキルを使うしかねぇ」
「一人で数人分の働きができますね」
「その通りだ。壊されても何度も作り直せるからな。使わない手はない。とりあえず突っ込め! が使えるからなッ!!」
言い終わるとユーリは腹を抱えて笑っていた。
笑いのツボが分からない正人は、無視して川戸に話しかける。
「他にも使えるスキルはありますか?」
「…………」
川戸は無言のまま、離れた場所にポツンと立っている木に向かって腕を向ける。
――エネルギーボルト
光の矢が飛び出し、木に突き刺さった。
正人は何度か目にしたスキルだったので、魔力の使い方は簡単に覚えられたので、あとで実践しようと考えていた。
その後もいくつかのスキルを見せてもらいながら、正人は一つ一つ記憶にしっかりと刻み込んでいく。
ユーリと川戸が帰った後も一人ダンジョン内に残る。
順調にスキルを覚えていくと、本来の目的であった魔力量が大幅に上がったのだった。
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