第64話だが正人、タダじゃねぇのは分かっているな?

 パーティー全員が魔力視を覚えたところで、正人は自身を強化しようと考えていた。前回の襲撃で強力なスキルが連発できない弱点が発覚したからだ。


 この問題を解決するためには、体内の魔力量を上げる必要があり、その方法は三つある。


 一つ目は、スキルを使って魔力量を増やす方法だ。スキルを使って魔力を消費することで体内の魔力が少しずつ増えていく。レベルや個人の素質によって増加量は決まっているが、正人はまだ成長可能だが、一日ですぐに上がることはないため、地道な積み重ねが重要となる。


『短距離瞬間移動』『自己回復』のように一度に大量の魔力を消費しても効果は薄く、こまめにスキルを使用して魔力を常に使い続けることが重要となるため、どうしても時間がかかってしまう。


 二つ目の方法は、レベルアップだ。体が作り替えられて、強制的に進化させられるレベルアップは、魔力の総量が上がることによって身体能力も向上するといった仕組みになっている。


 そのため、レベルが高ければ高いほど魔力量は飛躍的に向上するのだが、命を懸けて試練を乗り越えなければいけないためリスクも高い。また気軽に行える方法ではなかった。


 魔力量を増やす最後の方法は、スキルを覚えることだ。スキルの所持数が一つ増えるごとに魔力量は増加する。普通の探索者であれば現実的な方法とはいえないが、正人は違う。スキル昇華を使えば問題はない。


 正人は即効性がある三つ目の方法を選ぶと、携帯電話を取り出してユーリの番号にかける。


 ユーリは都合よく利用された相手であり、二度と会いたくないと思っていた相手だが、大量のスキルを見せてもらうために適した人物は彼しかいない。少しためらいながらも話し合いの場をセッティングしたのだった。


◆◆◆


 ユーリとの話し合いの場はレトロなコーヒーショップだった。

 ソファー席で向かい合って話している。店内にはクラシックが流れていた。


「スキルを見せてほしいだって?」


 正人から予想外の質問が飛びだし、ユーリは困惑したような声で返事をした。


「はい。探索者に襲われても焦らずに戦えるようになりたいので、よく使われるスキルをこの目で見ておきたいんです」


 正人はスキルを覚えたいからですとバカ正直に言うつもりはない。対人戦の経験が不足しているから学びたい。もっともらしい理由を挙げて、ユーリやその周囲の探索者のスキルを見せてもらえないか相談をしている。


「へぇ、それは良い心がけだ。俺の知り合いを何人か集めて、スキルを見せてやることはできる」


 向上心に同意しつつ、数秒の間をあける。

 ユーリは肘をテーブルの上において、やや前傾姿勢になった。


「だが正人、タダじゃねぇのは分かっているな?」


 有無も言わせない。迫力のある声だった。

 探索者にとって覚えているスキルは切り札になる。簡単に見せるべきものではない。

 ユーリに言われるまでもなく正人も無料や善意で教えてもらえるとは思ってもいなかった。


「もちろんです」


 正人が肯定するとユーリの表情は一変して笑顔になる。


「それが分かっているのであれば取引をしようじゃないか。スキルを見せる条件として俺の仕事を手伝え。もちろんタダとは言わねぇ。別途、報酬は出せるぞ」


 ユーリの提案は正人が想像していた範囲内だった。無言でうなづくと続きを待つ。


「もちろん新人教育の方じゃねぇ。もう一つの方だ」


 見返りとして、ダンジョンがらみの犯罪者の抹殺に協力しろと、ユーリは言っているのだ。


 仲間を失ったばかりで単独で行動をしている彼にとって、レベル三の探索者とも戦える正人は非常に魅力的な戦力に見えたのだ。


 特に正人はユーリの前で『短距離瞬間移動』のスキルを見せているため、レベルアップ時に希少なスキルを覚えた探索者として、目をつけられていた。


 裏の仕事は犯罪組織と同じで、一度かかわってしまえば抜け出すことは難しい。


 ここで協力することを選べば、ユーリとは長い付き合いになってしまうだろうことは容易に想像がつく。だが、代わりの案を用意しようとしても、正人が持っているもので対価として釣り合うものはない。


 受け入れるか、それとも拒否をするか。

 たっぷりと時間をかけて悩んだすえ、正人は答えを出した。


「私一人だけが関わるのなら」


 ユーリと一緒に、裏の仕事にかかわるのは自分だけでよい。

 これが妥協できるラインだった。


 確かに正人にとっては最善ではないが最良の答えかもしれないが、そこに他人の感情は計算されていなかった。


「うーん。その考えは甘いな。お前が動けば嬢ちゃんたちも一緒に行くというぜ? もしそうなったら、どうするつもりだ」


 ユーリに指摘されて里香の気持ちを考えていなかったことに気づく。

 想像してみると「仲間なんですから、ワタシも協力します!」といった反応があるのは間違いないと、確信できるほどにはイメージできてしまったのだ。


 ダメだといっても必ずついてくる。しかも正人に隠れてこっそりとだ。説得できる自信は……正人にはなかった。


「他は知らんが、里香ちゃんだっけ? あの嬢ちゃんだけは、仕事の話をしたら絶対についてくる。間違いない」


 その言葉を否定することはできない。言葉に詰まる正人にユーリが追撃をする。


「余計な動きをされたら困るから、その時はお前とセットで働いてもらうぞ」


 ユーリにとっては失った二人分の戦力が一気に手に入る美味しいパターンだ。

 一方的に正人が不利な条件になっているようにも見えるが、探索協会とのつながりが強化できるチャンスともいえる。


 ダンジョン探索は不測の事態が起こりやすい場所で、保険として強力な後ろ盾を持っておいて損はない。むしろ対人戦闘が発生した場合、事後処理は有利に進められるなどメリットも多い。


 正人は、この取引を前向きに考えるようになっていた。


「例の仕事ですが、毎回、あそこまで酷いんですか?」


「残念ながら違う。ダンジョン内の出来事をレポートして、地上でケリをつけるパターンがほとんどだ。俺らの代わりに警官ががんばってくれるぜ」


 探索者は自衛以外の目的で、地上でスキルを使うことは認められていない。

 ダンジョン外で犯罪者を取り締まるのは、レベルとスキルを持っている警察官や軍隊が対応してくれる。その事件を探索者が手伝うことは稀だった。


 最後の最後まで気になったことを聞けた正人は結論を出す。


「……わかりました。もし、本人の強い希望があれば、里香と一緒に協力します。ですが、一度きりです。何度も協力しませんよ?」


「それでいい! いい取引ができた。スキルを見せるのは三日後。最低でも五つはスキルを見せられるぜ。予定は空けておけよ」


 これは正人が持っているスキルを除いた数だ。すべて覚えることができれば、魔力量は大幅に上がるだろう。異論はなかった。


「はい。よろしくお願いします」


 後日、里香にユーリとの話し合いの結果を伝えると、予想通り一緒に参加すると意気込んでいた。


 ただし、想定外の出来事もあった。冷夏やヒナタは「置いていかれたくない」といった気持ちが先行して、仕事を手伝いたいと言ったのだ。パーティーメンバーだからと、懇願されてしまえば断ることはできない。


 結局、パーティー全員でユーリの仕事を手伝うことになったのだった。

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