第63話その悪い癖をなおそうか
ユーリとの一件でチームや己の実力不足を感じた正人は、ダンジョンの奥に進むのを中断することを決めていた。
今は人やモンスターがほとんど現れないダンジョンのとある場所で、里香たちは魔力視を覚えるための訓練をしている。
魔力視とは、スキルカードとしては存在していない少し変わった能力だ。訓練すれば覚えることができるため、ベテランの探索者であれば誰でも使える。それほど、地味だが役に立つ能力なのだ。
モンスターとの戦いでも有益だが、真価を発揮するのは対人戦である。探索者と戦うときは相手もスキルを使う前提で、挑まなければいけない。だが、どのようなスキルを使われるのか事前にわかることは少ない。常にスキルの発動に気を付けながら戦わなければいけないのだ。
つい先日の襲撃で未知のスキルを使われる脅威を実感した正人は、探索より戦力強化に努める方針に変えたのだった。
「見えました! これがスキルを使う前兆なんですね!!」
一番最初に魔力視を覚えたのは里香だった。スキルを持っていると覚えやすい傾向があるため、正人からすると予想通りの結果である。
一方、冷夏とヒナタは苦戦していた。
正人が浮かべているファイアーボールの魔力を感じようと凝視しているが、進展はない。時間だけが過ぎていき成果はなかなかでなかった。
「ずるいー!! ヒナタも早く覚えたい!!」
こういった文句が出てしまうのもある意味仕方がない。
「悔しかったらスキルを覚えたら?」
集中力が切れたヒナタのモチベーションを上げるために、里香があえて挑戦的な言葉を放った。効果はてきめんで、ヒナタが食いつく。
「そんなこと、できたらやってるって! オークションで、スキルカードを買うお金なんてどこにもないよ!」
「スキルを手に入れる方法はオークションだけじゃないよ?」
「モンスターを倒せば手に入るって、言いたいの? ボスじゃないとほぼ無理だよー! オーガのスキルは里香に使ったし、次は十階層でしょ?」
「そうだね。もし倒せたらスキルカードが手に入るかもよ」
「そうしたら、次は私の番だよねッ! 冷夏はもう持ってるんだから!」
「その節は、お世話になりました。ありがとね」
オーガの自己再生のスキルを譲ってもらったことについて、里香は笑顔で礼を言った。あの時は正当な取引をして使ったので、後ろめたさは一切ない。堂々とした態度だ。
「何度も命を助けられたスキルだから重宝しているけど、だからと言って次に手に入ったスキルカードを無条件で譲ることはないから。ちゃんと話し合って決めるからね」
「ぐぬぬぬ……」
自分の主張に正当性がないため、言い返せないヒナタは言葉に詰まる。
そんな姿を見た里香は少し追い詰めすぎたかもしれないと反省すると同時に、フォローするべく口を開いた。
「レベルアップで覚えるスキルに法則らしきものがあるって、知ってる?」
スキルカードを除いて、唯一、新しいスキルを覚える方法がレベルアップだ。
ごく一部の人だけ手に入れられる方法のため、スキルカードに比べて調査・研究が進んでいない分野であったが、最近になって新しい事実が発覚して、SNSなどを中心に話題になっていた。
そのことを知らなかったヒナタは、先ほどの言い合いのことも忘れて質問をする。
「え? どういうこと?」
「人生経験が濃いほど、レベルアップの時にスキルを覚える確率も上がって、特殊なスキルを覚えやすいって話」
「そんなことあるの!?」
「レベルアップでスキルを覚えた探索者を集めて調査した時に分かったみたい。さらにレベルアップで覚えるスキルは、その人の性格や個性とかが反映されるみたいだよ」
レベルアップ時に覚えるスキルは特殊なものが多く、この世界でただ一人しかもっていないユニークスキルの場合も多い。
なぜ、ユニークスキルを覚えられるのか?
今までは明確になっていなかったが、ようやく最近になって、その一端が解明されたのだった。
「えー、じゃぁ、死体を操っていた人は、死体が好きだったってこと!? 気持ち悪いー!!」
小さく舌をだしてから、ヒナタは自分の体を抱きしめて嫌悪感をあらわにした。
「その可能性もあるけど、親しい人が亡くなって悲しんでいたとかあるかもね。もう一度会いたい、そう願っていたら、いつの間にか死体操作のスキルを覚えたとか。そう考えたほうがロマンチックじゃない?」
「私たちを殺そうとした人にロマンを求めてどうするの!?」
もっともな突込みに里香は苦笑してから、話題を変える。
「終わったことだし良いじゃない。それより、魔力視を覚える訓練もレベルアップ時にスキルを覚える可能性を上げる行動だと思ったら、少しはやる気が出るんじゃない?」
里香はようやく伝えたいことを話した。
すべての経験はレベルアップ時に取得できるかもしれないスキルのためにある。
可能性は低いがゼロではない。しかもユニークスキルを手に入れるためであれば、モチベーションが上がるだろうと予想したのだ。
だが、ヒナタの思考は里香の予想を悪い意味で上回る。
「そうかもしれないけど……飽きた!!」
「飽きたって……」
シンプルだからこそ説得が難しい。ヒナタにかける言葉がなくなってしまった。
助けを求めて正人を見ると、冷夏につきっきりとなって、魔力視を取得するための訓練を続けていた。
「そうそう、レベル一になった探索者は無意識のうちに体内の魔力を使っているから、それを意識するだけで覚えられるんだよ」
「意識……ですか」
「そうそう、意識して体を動かすように、体内の魔力を動かして目に集める。コツをつかめば、すぐだよ!」
「頑張ります!」
里香が、魔力視を覚えるのもう少し苦戦すればよかったかな? と思ってしまうほど、正人と冷夏の距離が近く、気を抜いてしまえば嫉妬してしまいそうだった。
二人は訓練をしているだけ。そう思うことで気持ちを落ち着かせてから、覚えたての魔力視で冷夏を見る。
目の周辺に魔力が集まっていた。もうすぐ覚えそうだな。そんな風に里香が思った瞬間、
「やった! 見えました!!」
冷夏が喜びの声を上げて飛び上がった。
魔力視を覚えたのだ。
「おめでとう!」
二人がハイタッチをした。
「冷夏ちゃん、おめでとう!」
その二人の間に里香が入った。考えての行動ではない。とっさに体が動いてしまったのだ。一人だけ残されたヒナタも加わり、一気に騒がしくなる。
ひとしきり騒いだ後、全員の視線がヒナタに集まった。
「あとはヒナタさんだけだね。頑張ろっか」
正人が笑顔で近づき、後ずさるヒナタを里香と冷夏が抑える。
「え、もう今日は終わりでいいんじゃないかな……?」
「後回しにする癖をなおしたら?」
逃げようとしたヒナタを冷夏が注意する。
ずっと一緒に育ってきた双子の姉の注意だ。言葉の重みが違った。
「ヒナタちゃん、頑張ろうか。ワタシも一緒いるから」
里香と冷夏が見守るなか、訓練が再開された。
何度も逃げ出そうとするヒナタを引きづるようにダンジョンに連れていき、一週間をかけてようやく、全員が魔力視を使えるようになったのだった。
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