第195話おーー! すっごーい!

 探索者の免許を取得した春と烈火は埼玉の山奥にあるダンジョンを訪れていた。東京ダンジョンは新人探索者で混雑してるため、交通の便が悪く人の少ない場所を選んだのだ。


 二人は正人から同じ装備を購入してもらった。モンスター素材を使った防具とラウンドシールド、そしてアダマンタイト製の片手剣だ。槍などで距離を取ったほうが安全かもしれないが、埼玉ダンジョンは洞窟型であるため扱いやすい片手剣が選ばれている。


 さらに同行者として里香、冷夏、ヒナタの三人も居る。正人の依頼によってダンジョン探索の基礎や戦い方を教えているのだ。手厚いサポートにより一階層ぐらいであれば負けることはないだろう。


 五人は洞窟の中を進むと、教室二つ分ぐらいの部屋に入る。逃げ場がなくモンスターは出現しやすいため、普通なら危険だと判断して避ける場所ではあるが、レベル三にまで到達した探索者の協力があれば美味しい狩り場へと変化する。


 探索者が激増している現在でも訪れる人は居ないため、独占してモンスターを狩り続けられるのだ。


◇◇◇


「うおりゃぁぁぁあああ!!」


 叫びながら烈火が剣を縦に振るうと、全長一メートルほどのコウモリが両断された。地面に落ちると黒い霧になって小さな魔石を残す。地面には同じ物が十個ほどあって、この場で同じモンスターと何度も戦っていることがわかった。


「次が来ました! 春さんが対応して下さい!」

「はい!」


 指導役として同行している里香が指示を出すと、春が飛び出してコウモリと戦う。二匹もいるので積極的には攻撃せず、ラウンドシールドで受け流しながら隙を見つけて羽を浅く斬る。数回繰り返すことによって動きを鈍らせ、最後に致命的な一撃を与える戦法をとっていた。


 全体を俯瞰しながら動け、無理せず攻撃を続ける姿は初心者とは思えない。少なくとも同じ時期の里香よりも才能はある。


 だがいくら才能があったとしても、試練を乗り越えられるかは別だ。運も絡んでくるため、どんなに強くても死ぬときは死ぬ。レベルアップというのは、そういうものだ。


「今度はムカデが来たぞッ! どうすりゃいい!?」


 壁に張り付いてる巨大ムカデが近づいてきた。頭胴長は五メートルほどで色は真っ黒だ。電気ランタンの光が当たってテカテカしている。頭から生えた二本の触角が不気味。モンスターの気持ち悪さランキングをつけるとしたら上位に入るだろう。


「うへー。きもちわるいねーーー!!」


 小さく舌をだしながらヒナタが烈火の背中に隠れた。気持ち悪い担当に任命したのである。


「烈火君、噛まれると動けなくなるから気をつけて戦って!」

「おう! 任せろッ!!」


 冷夏からの指示を受けた烈火が前に飛び出した。多足が生理的嫌悪感を呼び起こしてきたので気合いでねじ伏せる。


 距離が一メートルを切ると、巨大ムカデは左右にある赤い牙を開く。毒があるため、体に刺されるとしばらく動けなくなる効果があるため、警戒した烈火は横に移動してやり過ごす。巨大ムカデの長い体が通り過ぎようとした。


「たぁああああ!!」


 全力を出すために叫びながら、烈火が剣を振り下ろした。刀身が半分ほどめり込んだが切断までには至らない。緑色の体液を流しながら巨大ムカデは烈火に巻き付く。体を締め上げられて動けない。レベルがなければ、全身の骨が折れていただろう。


 戦いを見守っていた冷夏は槍を構えて、巨大ムカデの頭に狙いを定める。突き殺して助けようとしているのだ。


「まだ負けてねぇッ!!」

「強がらないでください! 勝ち目はないですよ!」

「いや、ある! スキルを使うッ!!」


 性格からして、女性に助けられたくないとでも言われると思った冷夏は、意外と冷静なんだと感心した。


 構えを解いて様子を見ることにする。


 ――怪力。


 力を増大させるスキルだ。冷夏も覚えていて、単純ではあるが使い勝手はよい。


「うぉぉおおおおおおッ!!」


 武器を手放した烈火が両手を広げようとする。全力を出しているためか顔は真っ赤となり、血管が浮き上がっていた。


「おーー! すっごーい!」


 体を丸めて絞め殺そうとしていた巨大ムカデの拘束力が弱まってきた。中心の輪は広がり、動けるスペースができる。跳躍して抜け出した烈火は巨大ムカデの体に乗ると拳を振り上げる。


「ぶっ殺すッ!!」


 魔力を多く消費してスキルの効果を高めながら、巨大ムカデの顔を殴りつけた。一度だけでは倒せない。二度、三度と続けて殴りつける。鋭い牙で反撃しようとするが、烈火の拳が当たり砕けてしまう。ガントレッドが緑色の体液に染まっても、まだ攻撃は続いていた。


「怪力のスキルって、すごいねー」


 ヒナタがチラチラと冷夏を見ていた。


「私はあんな使い方しません。烈火君だけですよ」

「そうかなー。お姉ちゃんも同じようなことをすると思うよ。案外お似合いなんじゃない?」

「ヒナタ!?」


 恋バナとも言えないような会話ではあったが、冷夏は焦ってしまった。


「いいじゃんー。おばさんから解放されたんだし、私たちも青春楽しもうよー!」

「だからって、烈火君はないよ! 乱暴な人は苦手なんだから」

「それ、食わず嫌いって言うんだよ。絶対、相性良いから。双子のヒナタが保証するよ!」

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