第194話世界の牧場
弱っているところを叩いて殺す。よくある戦法だが、正人は納得できていなかった。大変な時期に手を差し伸べるどころか地獄に叩きつけるとは。そんな非人道的なことが許されて良いのだろうか。
せめて納得できる理由が欲しいと思いながら疑問をぶつける。
「経済状況が悪化している日本に旨みなんてないですよね。なぜ、狙ってくるんでしょうか」
「ふむ」
顎をさわりながら豪毅は嫌悪感を露わにした。気に入らない事実を伝えなければいけないからだ。
「正人さんは、今の日本が何と呼ばれているか知っているか?」
「いえ。何と言われてるのでしょうか」
「世界の牧場。そう呼ばれている」
既存の産業が壊滅的なダメージを受け、その代わりにモンスター素材の輸出が増えたことから、そのように呼ばれているのだ。
島国でモンスターを放牧し、素材を手に入れる場所として広く知られている。
安全に、そして確実に高級な素材が手に入るのだから、支配して利益を全て手に入れたいと思っても不思議ではない。特に今までモンスターの素材はドロップ品頼みだったので品薄状態が続き、価格は暴騰しているため得られる利益は大きい。
「最悪な呼びかたですね」
「まったくだ。モンスターが海を越えて大陸に移動するのも時間の問題だというのに」
「ええ。本当に。私もそう思います」
モンスターの中には空を飛ぶ種類もいる。先ずは鳥類系から大陸に進行するだろう。さらには知識を付けたモンスターが船を奪って海を渡るケースも出てきている。今は水際で防いでいるが、大陸側に上陸して定住する未来もきそうだ。
遅いか、早いかだけで、モンスターは世界中に広がる。それが探索協会と正人の共通認識であった。
「今の日本で起こっている混乱はさらに広がる。収拾がつかなくなるほどだ。恐らくいくつかの国はまともに運用できなくなるだろう。世界滅亡論者も増大するはずだ」
世界や現代社会の破滅こそが救いという教えを広げている集団がいる。彼らはモンスターを崇め、秩序を守る側を攻撃しているのだ。
当初は妄想、妄言と斬り捨てて無視していた存在であったが、モンスターが地上に出現してから、いっきに信者が増えていた。危険な組織として公安などにマークされている。
「恐らく十年、いや数十年は日本だけじゃなく世界は荒れて、暗黒期が訪れるだろう。そんな時代になるからこそ、希望というのが必要になるのだよ」
「だから日本最強の探索者になれ。そういうことなんですね」
「そうだ」
大役を任されそうになっているプレッシャーを感じ、正人は会話を止めてお茶の入ったグラスを持つ。ひんやりとした感触が手に伝わる。口に付けて飲むと、さっぱりとしているが、ほのかに甘みを感じる。渇いていた喉が潤った。
「美味しい」
お茶は品種改良を繰り返して味を良くし、現代技術を駆使して新鮮で冷たい状態で飲めるようになっている。世界破滅論者が増えれば様々な施設が破壊されていくので、こういった嗜好品は手に入りにくくなるだろう。
そして状況が悪化すれば生活必需品も同様に手に入らなくなり、世間を覆う暗い空気はさらに重くなっていく。
自分の生活のため、弟のために必死に生きてきた正人にとって、多くのものを背負う覚悟はできていない。当然だろう。長い間、一般市民として生きてきたのだから。
ふと窓から外を眺めれば、歩いている人々が見えた。モンスターが地上に出現する前と同じような日常が続いているように感じる。
確かに覚悟はないが、守りたいと強く思う。
弟や身近な人だけでなく平和な日々を。
「もし我々の話に乗ってくれるのであれば、正人さんが大量のスキルを覚えている理由、それを詮索しない。約束しよう」
どうせユニークスキルなんだろ、と豪毅は思っており、正人も気づかれていることぐらい分かっている。だが、詮索しないというのはありがたい話なので、拒否するようなことではない。
「わかりました。名実ともに日本最強の探索者と呼ばれるよう、活動していきましょう」
「よく引き受けてくれたッ!」
強面な豪毅の顔から、子供らしい純粋な笑みがこぼれた。ギャップを感じた正人は親しみを感じるが、すぐに気持ちを切り替える。
目の前に居る相手は、あの探索協会の副会長だ。表情一つで相手の感情をコントロールすることぐらい造作もないだろうと。
騙されてはいけない。油断してはいけない。ユーリのように大切な仲間を失わないよう信じずに利用するべきなのだ。
「具体的な計画は谷口から教えよう。今日は実りある話ができて良かった」
「こちらこそ、貴重なお話が聞けて良かったと思います」
お互いにソファから立ち上がると握手を交わす。
「そういえば、一つ聞きたいことがあるんです」
「なんだね? 私が知っていることであれば何でも答えよう」
「私のファンクラブがあるみたいです。運営元に心当たりは?」
「あぁ、あれか。本来であれば我々がやりたかったんだがな」
苦虫を噛み潰したような顔になる。先を越されてしまい、さらに正確な情報まで提供していることから、探索協会が公式のファンクラブを立ち上げる計画は頓挫してしまったのだ。
「運営元はわからんが、情報の出所からして正人さんに近い人物だろう」
「わかりました。ありがとうございます」
バレたときのリスクを考えれば、嘘をつくとは思えない。正人は豪毅の言葉が真実だと判断した。
犯人は身内。そのことが分かれば調べようはある。探索協会を出ると車に乗り込み、自宅に戻るため運転を始めるのだった。
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