第193話ありがとうございます。豪毅さん
テレビで、みんな探索者になろうと正人が話してから数日が経過した。映像はネットにも出回っており賛否は別れているが、好意的なインフルエンサーが多いこともあって、全体の空気感は賛成寄りだ。
世間が騒いでいる間にも神宮家は準備を進めており、春と烈火は既にレベル一となっていて、初心者向けの装備もスキルカードも購入している。
正人はダンジョンの中に入って一緒に戦闘の訓練をしたかったのだが、中に入ってしまうと機械が使えなくなり連絡が取れなくなってしまうので、探索協会からダンジョン探索禁止令が出ているので断念していた。
その代わりに里香や冷夏、ヒナタの自由は確保されているので、弟は彼女たちに任せることにした。
◇◇◇
探索協会に呼び出された正人は、横浜支部のビルを訪れていた。谷口からは上層部から話があるとしか聞かされていない。
自動ドアが開き、正人はビルの中に入る。構造は渋谷と大きく変わらなかった。一階は役所のような構造となっている。探索者の人口が急増していることもあって人は多い。老人から十代の若者まで年代は幅広く、性別も関係ない。モンスターの脅威に対抗するため、力をつけようとしているのだ。
侵略者への対策は進んでいる。
油断できる状況ではないが、それでも前に進んでいるという実感が、正人の心を少しだけ軽くしていた。
「お待たせしました」
スーツを着た女性が目の前に着た。白髪交じりのロングヘアをしており、顔には深い皺もある。年齢は五十歳ほどだ。
変装している正人に対して、貴人に向けるような恭しい態度で頭を下げていた。
「正人様ですか?」
女性が頭を上げてから聞いてきたので、首を縦に振って肯定する。
「副会長の部屋にご案内いたします」
「よろしくお願いします」
上層部と聞いていたが、まさか副会長とは。予想外の名前が出て驚く。
二人は短い挨拶を終えるとエレベーターに乗って最上階へ移動。細い通路を歩くと、重厚な作りをした木製のドアの前についた。副会長室の文字が彫られてたプレートがある。純金で作られていて成金趣味が出ていた。
案内をしている女性がドアをノックする。
「入っていいぞ」
枯れた声が聞こえるとドアを開けた。
女性は通路の横に立っていて、目線で先に進んで欲しいと訴えてくる。
副会長との会談ということで正人は緊張しているが、表には出さないよう意識しながら歩き、室内に入った。
奥には壁の代わりの大きな窓ガラスがあり、横浜が一望できるようになっている。近くにはデスクがあり、ノートパソコンを開いたままスーツを着た老人が座っていた。
見た目は八十前後だろうか。年齢の割に体は鍛えているようで、服の上からでも筋肉の盛り上がり具合が分かる。座っているだけなのに戦える者の圧を感じた正人は、副会長がレベル二はある実力者だと察した。
部屋の中心には革張りのソファが二つ、ローテーブルをはさんで向き合うように置かれている。来訪があったときに使う特別な物で、一つ一千万はする高級品だ。
「遠くから来てもらって悪いね」
言葉とは逆で、まったく悪びれた様子はない。むしろ、この場に入れたんだから光栄に思えなどと思っているようだ。
「副会長のお呼び出しですから」
「役職ではなく、豪毅と呼ぶことを許そう」
「ありがとうございます。豪毅さん」
「さん付けか! 久々に聞いたな!」
老人とは思えない声で笑っていた。
ドアを閉めて室内にはいった女性は頬が引きつっている。
二人とも異なる反応をしているが、正人はあまり気にしていなかった。
お互いに対等な取引相手であるため、守るのは最低限の礼儀だけで十分であり、へりくだる必要ないと考えているからだ。
もう、無名で無力だった正人ではない。
「ではワシも、今後は正人さんと呼んでもよいか?」
「もちろんです」
機嫌をよくした豪毅はノートパソコンを閉じると立ち上がる。デスクをゆっくりと回って正人の前に立つ。
「座って話そう」
ソファに豪毅が腰を下ろしたので、正人も続く。お互いに向き合うこととなった。
案内してきた女性は、お茶が入ったグラスをテーブルに置く。
ようやく会談の準備が整った。
「前置きは嫌いなので単刀直入に言おう。正人さんには、名実ともに日本最強の探索者として活躍してもらいたいと思っている」
「どういうことでしょう?」
「まあ、これだけ言われても分からんよな」
笑いながら豪毅はお茶を飲んで喉を潤し、正人をじらせてから説明を始める。
「今の日本は未曽有の危機に陥っている」
「モンスターが地上で暴れているから、ですね」
「原因はモンスターだが、危機はそれだけではない。生産能力や輸送能力の低下、死亡率の増加、治安の悪化など、国を維持していくのに必要な数字は軒並み悪くなっている」
ユーリが狙った現代社会の破壊は、想像していた以上に進んでいる。経済は停滞どころか衰退しているのだ。国としての方針を変えない限り、再び上向くことはないだろう。
「なにより問題なのが外交だ。日本の力が落ちてると知って、狙っている国がいくつかある」
「援助ではなく?」
「他国がすべて味方になるとは限らない。そういうことだ」
「それは……自衛隊がいるから大丈夫ですよね?」
「モンスター討伐に派遣しているので、有事となってもすぐには動けないだろう」
自衛隊も探索協会と共同で動き、治安の維持に努めている。この判断自体は悪くないのだが、常に内戦がおこっているようなもので、参加者の多くは疲弊していた。弾薬の在庫は減り続け、死亡者も増えており、今、攻め込まれても反撃の準備に時間がかかる。
「でも、こんな状況で攻めてくることなんてあるんですか?」
「正人さん、その考えは甘い。こんな状況だから攻めてくるんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます