第192話二人とも話を聞いて欲しい

 タクシーから降りて、マンションに戻った正人はリビングに入る。


 弟の烈火と春は、昨日購入したゲームで遊んでいた。車を操作して順位を競っている。


 はしゃいでいる姿を見ていると、平和だった頃の日本に戻ったと錯覚してしまいそうだ。


「うぁーー! また負けたーー! 春の兄貴、強すぎ」


 何をしても要領の良い春に対して、烈火は時間をかけて実力を付けていくタイプだ。まだゲームの操作に慣れてない段階であるため、烈火は連敗記録を更新し続けていた。


「ただいまー」


 正人が声をかけると二人が同時に振り返る。


「お帰り。予定より早いね」

「タクシーで帰ってきたから」


 ファンクラブの存在が記憶からよみがえり、苦笑しながら春に返事をした。


 お互いに夜ご飯は済ませているため、後はお風呂に入って寝るだけの状態だ。いつもなら思い思いの時間を過ごすのだが、今日ばかりは少し違う。弟に話すことがあるのだ。


 正人はソファに座ると二人を見る。


「話を聞いて欲しい」


 いつもと違って真剣な雰囲気を感じ、ゲームを再開せずにソファに座って話を聞く態勢をとった。


「この前、烈火の学校にモンスターの襲撃があったよね」

「あったなぁ」


 烈火は腕を組みながら死にかけた出来事を思い出していた。救援が少しでも遅かったら死んでいただろう。むろんクラスメイトも無事では済まない。八咫烏に食われていたはずだ。


「あの時に思ったんだ。今の日本は戦時中だと」

「だから番組であんなこと言ったんだね。ということは……」


 察しの良い春は、これから正人が何を言うのかわかってしまう。期待に胸が膨らむ。


 何も気づいてない烈火は、きょとんとしていた。


「春の想像はあっているよ。二人とも、探索者になろう」


 学業に専念して欲しいと思っていた正人であったが、身を守る術を身につける方が優先度は高いと結論を出していた。


 出演した番組で、国民全員が探索者になった方が良いとメッセージを出したのだから、先ずは身内から実践しようという気持ちもある。有言実行してこそ、周囲の人たちも納得してくれるというものだ。


「よっしゃーーーッ!!」


 拳を上げて叫びながら喜んでいるのは烈火だ。


 探索者になりたがっていたので、ようやく許可が下りたとテンションが上がっている。脳内では探索者になった後、クラスメイトに自慢し回っている自分を思い描いていることだろう。


「一階層より下には行かない、という条件は守ってもらうけど」


 正人の目的はレベル持ちになってもらい、モンスターとの戦いになれてもらうことである。生活のために戦いを余儀なくされた里香のように、ダンジョンの奥へ進み、試練を乗り越え、レベルアップして欲しいなんて考えてないのだ。


「えー! それじゃ強くなれねーよ!」

「兄さんは俺たちのことを思って言ってるんだから、ワガママはよせ」


 春が軽く注意すると烈火は黙った。


 肩を落として反省している。裏表のないわかりやすい男で、探索協会に利用されてしまわないか正人は少しだけ不安に感じた。


「今は春の言う通りだけど、状況次第では四階層ぐらいまでは進んでもらうかもしれない」

「……それほど今の日本はヤバイの?」


 安全に暮らして欲しいと思っていた正人が、ダンジョンの奥に進む許可を出すかもしれない。その事実に春は驚いていた。


「モンスターの被害報告は急増している。ニュースにはなってないけど、消滅した村も多い。探索者や警察、自衛隊が処理しているけど追いつかないんだよね」


 繁殖及び個体の成長スピードが早く、また地中に隠れているモンスターなどもいるため、根絶やしにするのは不可能だ。特に生き延びて知識を付けたモンスターはゲリラ活動を覚え、効率よく人を襲っている。時に人質を使うことがあるほどだ。


 種族の存亡を賭けた争いは始まったばかりで、今後はさらに激しくなっていくことだろう。


「海外からの援助は?」

「多少は受け入れているけど、ずっとは助けてもらえない。十年、百年と続く戦いになるのだから、自国だけで治安を維持できるようしないと破綻するよ」


 他国の援助に頼った計画は危うい。モンスターが世界に広がったとき、あっさりと打ち切られてしまうからだ。他にも世界的な経済危機が起これば自国を優先するために、援助を打ち切る理由となる。


 そのため、せめて治安の維持ぐらいは自国だけで対処できるよう動かなければいけないのだ。


「さ、難しい話は終わりにしよう」


 パンと手を叩いた正人は空気を変えるためにスマホを見せる。


 表示されているのは、探索者だけがアクセスできるサイトだ。スキルカードがずらりと並んでいて販売価格が表示されている。


「探索者になったらお祝いとしてスキルカードを買ってあげる。後で予算を伝えておくから、何を買うか考えておいてね」

「よっしゃーー!」


 レベル一でもスキルカードさえあれば、雑魚モンスターには負けない。町中で襲われたとしても生き残る確率はグッと上がる。八咫烏と出会っても抵抗もしくは逃走ぐらいはできるだろう。


 弟の安全の為であれば大金を使っても惜しくはないのだ。

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