第191話本当なんでしょうか
探索協会からの依頼で出演した番組が終わった正人は、帽子やマスク、メガネ等の変装グッズを身につけるとタクシーに乗り込む。自宅のマンションへ帰るのだ。
車は順調に進んで目的地まであと五分ほど。工事中のマンションが増えてきた。最近、この周辺では建設ラッシュが続いているのだ。
「お客さん。ここらに住んでいるんですか?」
「ええ。まあ、そうです」
住所は伝えているのだが、なぜ改めて聞かれたのか。
気になってしまいやや警戒した声色で返事をした。
「モンスターが地上に出る前からですかね?」
「そうですね。昔、両親が購入した思い出深いマンションです」
正人は両親が不正に申告していたことによって適切な保険が下りず、ローンの返済で苦労していた時を思い出していた。
探索者になりたての頃は稼ぐことばかり考えていたのだが、今はお金のことを全く心配していない。すでに充分すぎるほどの資金は貯められている。仮に明日、正人が死んでしまっても、金銭面で弟に苦労させることはないだろう。
懐かしさと、遠くまで来たなという達成感を正人が感じていると、タクシー運転手がさらに話を続ける。
「運があって羨ましいですね~」
「どういうことですか?」
「今、あの辺の地価がものすごくあがっているんですよ。場所によっては二十倍ぐらいに」
モンスターが地上で暴れ回っていることもあり、日本の地価は全体的に下落傾向にある。一部例外は人の多い首都圏になるのだが、正人が住んでいる場所は少し離れているので、そこに含まれない。
「それは知らなかった……本当なんでしょうか」
「もちろんです。日本で一番安全な場所なんて言われているんですから」
「一番安全? それは軍や警察署、探索協会の近くでは?」
「そんなことはないです! あんな場所とは比べものにはなりませんよ」
タクシー運転手は興奮気味になっていた。
「実は、この近くに最強の探索者、神宮正人さんが住んでいるんです!!」
「…………はぁ?」
正人の全身からぶわっと汗が浮き出た。
恥ずかしいような、照れくさいような、そんな感情が支配している。
本人ですよと、名乗り出るほど積極的な性格ではないため、黙り込んでしまった。
「正人さんが住んでいる地域なんだから。モンスターなんて怖くないでしょ」
「か、彼だって忙しいから、常に住んでいるマンションにいると限らないのでは?」
「チッ、チッ、チッ。お客さん、考えが甘いですね」
いや、甘いのはお前だろ! と突っ込みたくなった正人だが、拳を作ってぐっと我慢する。
「彼は瞬間移動するスキルを持っているんですよ! 知り合いにさえなれれば、どこにいても駆けつけてくれますって!」
スキルの情報は、白いアラクネとの戦闘シーンを録画した動画から推測され、一部は特定されている。
確かに『転移』スキルを使えば、どこにいても住んでいる地域に駆けつけることはできるため、タクシー運転手の発言を完全には否定できない。
「それに家族思いで優しい性格だと聞いていますし、必ず助けに来てくれますよ~」
「そんな情報まで流れているんですか」
「公には出ていませんが、私は知っているんですよ。なんせ、ファンクラブに入ってますからねッ!」
「え、今なんと?」
「ファンクラブです。ファ、ン、ク、ラ、ブ!」
「…………」
言葉を失うほどの衝撃を正人は受けた。地味で取り柄のない自分にファンクラブができてるとは。しかも本人が知らないので非公式だ。一体何が起こっているのか分からないといった感じで、混乱している。
「会員は何人ぐらいいるんですか?」
「確かこの前、三百万人いったとか。お知らせ流れてましたね」
「さん、びゃくまん!?」
もう理解が追いつかない。想像していた桁が二つ以上は違う。
大規模なファンクラブを誰が運用しているのか。正人は気になっていた。
最有力候補は探索協会だが、さすがに組織で運営するのであれば公式として立ち上げるだろう。その方が人は集まるし影響力も高まるからだ。そして公式と銘打つのであれば正人にまで話はくるだろう。他組織、もしくは個人が運営しているはずだ。
今もタクシー運転手が自慢げにファンクラブの内容を話しているが、出てくる情報に間違いはほとんどない。好きな食べ物さえ一致しているのだ。非公式ファンクラブは正確な情報を発信していると言える。
誰が運用しているのか。
謎は深まるばかりであった。
「――で、どうです? あなたも入りません?」
「お断りしますッ!」
何が悲しくて自分のファンクラブに入らなければいけない。正人はきっぱりと拒否した。
「そうですか。残念です」
「……どうして会員を増やしたいと思ったんですか?」
「正人さんを応援している人がこれだけいるんですよ! 一人じゃありません! って、伝えたかったからです。戦えない私たちには、このぐらいしかできませんからね」
ユーリの裏切りや変わらない探索協会に嫌気を刺していた正人に、優しい気持ちが心の中にすっと入っていった。
じんわりと涙が浮かんでしまうほど感動したのだ。
「ありがとうございます」
思わず礼を言ってしまったが、タクシー運転手は正体に気づいていない。
目的地に着くまで残り時間は、「感謝の気持ちがあるなら、ファンクラブに入りましょう」などと何度も勧誘されるのだった。
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