第190話国民全員を兵士にするつもりですか!
「あのタレント気に入らない」
憎しみのこもった目でつぶやいたのは羽月レイナだ。
彼女は日本最強が正人だと認めていない。死してなお隼人のものだと思っているため、タレントの言葉に苛立ったのである。
宮沢愛や小鳥遊優も似たような感情を持っていて、正人を認める世間に対して否定的な考えをしていた。
現在は探索者としての活動は停止していて、モンスター退治に協力することもなくなっている。
「あいつら全員殺そうか」
レイナは本気で正人を褒め称える人々と本人を殺そうと考えていた。今すぐにでも番組のスタジオに乗り込み、暴れ回りたいという気持ちを必死に押さえつけている。
「その前にやることがあるでしょ」
「わかってる。私の手で最初に殺すのは仮面の男」
愛の言葉でレイナは冷静さを取り戻す。隼人の立場を奪ったヤツらは憎いが、まだ存在は許せる。しかしユーリだけは、この世に存在させてはいけないと三人は考え、そのために準備を進めていた。
疑わしい人物を捕まえては尋問を行い、犯人の目星はついている。
「早くユーリの居場所を突き止めましょう」
モンスターが地上に出現する直前で姿をくらまし、別の場所にいた友人も同じように消息が掴めない。さらに金髪に色白と外見的特徴も一致するため、有力な犯人として三人は追っているのだ。
「もちろん。見つけたらそっこーで、あの男を殺す」
証拠は無いものの、レイナはユーリが隼人殺害の犯人だと確信していた。
真実の確認なんて後回しで良いと思えるほど、憎しみによって思考や感情が全て支配されている。
「殺すかどうかは後で決めるとして、先ずは捕まえて話を聞きましょう」
「俺も愛さんの意見に賛成です。殺すのはいつでもできますよ」
隼人殺害の犯人を見つけたいという所までは一緒だが、その後の考えが僅かに異なる。その事実に気づき、レイナは舌打ちをして黙った。
誰も喋らなくなり静かになると、再びテレビの音が聞こえてくる。
「あなたは、周囲の助言を無視して無謀な探索をする高齢者が悪いというのですかッ!」
「違います。無謀なことをする人は、どの世代にも出てくるんです。年齢の問題ではないと理解してください」
タレントの説得を諦めている正人は、テレビの視聴者に向けて語りかけていた。
現在、様々な理由によって分断が起こっており、モンスターという共通の敵が居るのに人々は憎しみあっているのだ。地球が侵略されているという事実を知っている正人は、全員の心が一つになるようメッセージを伝えているのである。
「では、どうすればいいんですか!」
激怒した高齢のタレントは、正人から意見を引き出してから、全てを論破してやろうと考えていた。
「モンスターは老若男女問わず襲ってきます。健康的な成人はレベル一の探索者になってください。それ以上は目指さなくても良いです。そしてお金に余裕があるなら、スキルカードを購入して自衛できる強さを身につけて欲しい。私は、そう思っています」
国民総探索者計画。
これが探索協会の思惑であり、そのメッセージを伝えるために正人という広告塔を用意して番組を放送したのである。
全ては低下した組織の影響力を高めるための計画ではあるが、侵略者に対して準備を進めたい正人とも考えが一致しており、協力し合える関係になっていた。
「無謀です! 国民全員を兵士にするつもりですか!」
「勘違いされては困るのですが、先ほどの話は強制ではありません。拒否する権利は皆さんにあります。私の言葉を無視して、探索者にならないという選択するのも良いでしょう」
無理やり従えと言われれば人は反発したくなるもの。
選択権は各自にあると正人は伝えつつ、話を続ける。
「ですが、これだけは覚えておいて下さい。今は平時ではありません。モンスターという明確な侵略者が日本を荒らしているのです。今この瞬間に、あなたの大切な人をモンスターが奪う場合もあるんです」
テレビを見ている視聴者は探索協会襲撃事件を思い出し、正人の言葉によって戦時中という言葉が浮かぶ。
平和ボケしていた人々に、もようやく危機感が芽生えたのである。
「実際、数日前に私の弟が通う学校にモンスターの襲撃がありました。幸運にも探索者の救援が間に合ったから死者は出ませんでしたが、少しでも遅れていたら多くの学生が殺されていたでしょう。そんな悲劇を生み出さないためにも、探索者を増やす必要があるんです。みなさん、大切な人を守るために、力を手に入れてみませんか?」
すぐさまタレントが反論しようと口を開きかけたところで、番組はCMに入ってしまった。
武装した里香や冷夏、ヒナタがモンスターと戦う映像が流れる。背後には小さい子供を抱きかかえた母親がいて、まさに大切な人を守る正義の探索者というシーンになっていた。
その後も探索者向けのCMが流れ、番組が再開される。
正人や先ほど討論していたタレントの姿はない。映っていない間に退席したのだ。
「時間の都合上、先ほどのコーナーは終了となりました。続いては――」
反論の機会は与えられず、探索協会と正人が伝えたいことを言って終わったのだった。
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