第196話キモいからしかたないじゃん!

 二人が緊張感のない会話を続けている間も、烈火は巨大ムカデを殴り続けている。頭は完全に無くなっていてるが、体は鞭のように動いているので攻撃は止められない。


「烈火君ーーー! 放置すれば死ぬから離れた方が良いよーー!」


 昆虫型のモンスターはしぶとく、すぐに死ぬことはないが、頭部を完全に破壊されてしまえばいつか死ぬ。時間はかかるが放置するほうが安全だ。


「おう! りょーかい!」


 ヒナタのアドバイスを素直に聞いた烈火は巨大ムカデから飛び降りると、見学している二人に合流した。


 全身に緑の体液が付着しているため、自然と距離を取られてしまう。


「……さすがの俺でも傷つくぞ」


 近づいたら女性がすーっと離れてしまう経験は何度もしてきたが、眉間にしわを寄せ、指で鼻をつまみながら後ずさられてのは初めてだ。多感な男子高校生が受けるダメージは大人が思う以上に大きい。


「だってー。キモいからしかたないじゃん!」

「キモいってなんだよ! 探索者ならこのぐらい普通だろッ!」

「そうだけど、やっぱムリーーー!」


 プツンと何かがキレた。何も考えていない烈火は、口論していたヒナタに向かって両手を広げて走りだす。抱き付こうとしているのだ。


「近寄らないでーーー!」


 必死そうに逃げているが、顔をよく見れば笑っている。レベル差があるので余裕があるのだ。


 もう少しで捕まえられそうという距離を維持しながら、烈火の手が伸びてきたら、ひょいひょいと軽快な動きで避けている。体を回転させて背後に回り、指で頭をつつくような挑発をしていたい。


『ヒナタの方がお似合いなんじゃない?』


 スキル『念話(限定)』を使った冷夏はヒナタに語りかけた。


『えー。私、子供っぽい性格はタイプじゃないよ!』

『私だって一緒』

『そう思い込んでいるだけだって。本当は好きなんでしょーーー!』

『はぁ? さすがにちょっとウザい』

『お姉ちゃんが怒ったーー!』


 まだ一人で騒いでいるヒナタだったが、冷夏がスキルを強制的に終了して切断してしまう。


 からかうのは止めて見守ることにしていると、コウモリを倒し終えた春が近づいてきた。


「モンスターが来なくなりましたね」

「え、ああ、そうですね。狩り尽くしてしまったのかもしれません。少し休憩しましょう」


 レベル一とは思えないほどの戦いを見せた二人の活躍もあって、周辺のモンスターは全滅してしまった。ダンジョンが新しく生み出すまでは安全地帯となる。


 春は全身の力を抜いて小さく息を吐くと、剣を地面に突き刺した。


 自分の手を見ながら開いたり、閉じたりしている。


「どうしました?」

「僕はケンカすらしたことなかったんですが、意外と戦えるんだなって」

「春さんはセンスがありますから。もっと強くなれると思いますよ」

「だと、いいんですが……」


 上位の探索者である冷夏に褒められても表情は暗かった。もっと早く強くなりたいという焦燥感があるためだ。


 レベルアップしたい。

 その気持ちは烈火よりも春の方が強かった。


「急ぎすぎても死ぬだけです。まずはモンスターを倒して、魔力を吸収し、体を強化していきましょう。時間がかかりすぎると思うかもしれませんが、レベルアップする唯一の近道ですよ」


 モンスターがいないか確認していた里香が、春に近づきながら言った。


 死ぬような目に何度もあってきたからこそ言葉に重みがある。役に立ちたいのであれば、遠回りだと思えても時間をかけて実力を付けていこうと思えるほどには。


「そうですね」


 短く返事をした春は、追いかけっこを眺める。巨大ムカデはまだ消えていないため、烈火は体液でびしょびしょに濡れている。笑いながら走るヒナタを必死の形相で追いかけていた。


 ダンジョンなのに学校にいるように感じてしまう。だからだろうか、ふと春は彼の存在を思い出した。


「そういえば誠二君のこと覚えている?」

「一応は、ですね」


 里香は冷たい声で肯定した。東京ダンジョンの五階層でオーガの特殊個体と戦った時を思い出せば、そのような態度になるのも当然だろう。


 烈火からあの事件をきっかけに性格が変わったと聞いてはいるが、過去の出来事がなかったことにはならない。冷夏やヒナタも悪印象しか残っていなかった。


「彼、レベルが二になったようで、初心者育成プログラムの教師になっているみたい」


 過去に大きな失敗をして反省をした誠二は、他人を助けたいという意識が強くなった結果、初心者を助けようとしているのだ。


 モンスターやダンジョンの本当の恐ろしさを知らず、調子に乗ってしまった探索者を見る度に過去の自分と姿を重ね、同じ失敗をさせないよう指導している。


「あー。あれに参加しているんですね」


 やや険のある声で里香が反応したことに気づいた春は、この話題は失敗だったかなと思いつつも、理由が気になってしまう。少し探りを入れてみよう、なんて好奇心の方が上回ってしまった。


「里香さんたちは、教師として参加されないんですか?」

「一回だけ参加したことがあるんですが……あれって高齢者が中心なんですけど、ワタシみたいな若い女が行くと言うこときいてくれないんですよね」


 うんざりとした声を出しながら、里香は当時のことを語り出した。

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