第197話体液が消えたぞーー!
「一度だけ、ワタシが初心者育成プログラムの教師として参加したとき、生徒は十人ぐらいでした。そのうちの二人が二十代の男性で残りは六十代の男女です。みんなレベル一になったばかり。ダンジョンに入るのも初めてと言うことで、入り口付近で単独のゴブリンを見つけては、三~四人ぐらいのグループで戦ってもらいました」
暴力とは関係のない生活を長く続けていた人たちにとって、戦いの技術を磨くよりも先ずは慣れることが重要である。
生物を殺すことにストレスを感じにくくなることが、探索者として活動する第一歩なのであるため、多数で囲み攻撃するという作戦を実施したのだ。
「背後から攻撃して怯んだところを囲み、攻撃する定番のやり方なんだけど、卑怯なことはしたくないなんて、特に男性の高齢者は嫌がるんだよね」
「え、そんなこと言うんですか……生きるか死ぬかの戦いで卑怯なんてないですよ……」
「私もそう思う。実際注意したし」
「どうなったんですか?」
「若い女の言うことなんて聞きたくないと無視されちゃった」
人生の先輩だというプライドが許さなかったのだ。例えそれが、戦う女子高生として有名な里香であっても同様なのである。いや、だからこそなのかもしれない。
他とは違うと見せつけることによって、かっこつけようとしていたのだ。その結果どうなるかは、探索者を始めたばかりの春でもわかる。
「で、ゴブリンに攻撃されてケガしたんですよね?」
「うん。春さんの想像したとおりです。棍棒が頭に当たって気絶しちゃってね。死んだと勘違いした他の参加者が逃げまとって大変だったよ」
うんざりとした顔を里香はしていた。思い出すだけでも疲れてしまう。
「問題のゴブリンはワタシがすぐに消滅させたんだけど……」
「また何かあったんです?」
「うん。今度は二十代の男性にナンパされちゃって。しかもお尻を触ろうとしてくるんです!」
結局、彼らはモンスターと本気で戦うつもりなんてなかったのだ。新しい力を手に入れて調子に乗ってしまい、有名人である里香に手を出そうとしたのである。
こういった自分勝手な人たちが率先して探索者になってしまったのだから、治安が悪化していくの当然だ。もはや日本は、安全で安心できる場所ではない。
「しかもムカついたから軽く頬を叩いて怒ったら、初心者育成プログラムが終わった後、ダンジョンで暴力を振るわれたって、クレームを入れられちゃったんです! あり得ないですよね!」
ダンジョンという特殊な空間では証拠が残りにくい。
声の大きい方が勝てると踏んでの行動だった。
その後、探索協会が里香に聞き取り調査を行い、参加者に非があると結論を出していたので問題には至ってないが、嫌な経験をしてしまった里香は初心者プログラムの教師を辞退してしまった。
「それは災難でしたね」
「はい……」
そんな大変な場所で教師として参加している誠二を、里香は少しだけ尊敬していた。
「おお! 体液が消えたぞーー!」
巨大ムカデが力尽き、烈火の服が元に戻った。ヒナタとの追いかけっこも終わる。コウモリよりも大きい魔石を拾うと里香と春の所に戻ってきた。
「これからどーする?」
「お昼休憩しながらモンスターが沸くのを待ちましょう。今日は夜まで戦ってもらいますからね」
「望むところだ!」
里香の言葉に烈火は喜んだ。自分の拳をぶつけ合って気合いを入れると、地面に置いていたリュックから携帯食料を取り出し、食事を始める。
「ずるいー! ヒナタも食べるー!」
「お腹ペコペコなので僕も食べますね」
春やヒナタも続く。
「里香はご飯にする?」
春と話している間、ずっと黙っていた冷夏が聞いた。
「ううん。ワタシは入り口の見張りをするよ。冷夏は先に食べてて」
「終わったら交代ね」
「はーい」
呼び捨てにするほど仲が良くなった二人は短い会話でお互いの役割を確認すると、それぞれ役割を全うするために別れる。
その後も計画した通りに予定を消化して、夜までモンスターを狩り続けるのことにする。
色々と問題の多い状況ではあるが、烈火と春の育成は順調に進んでいた。
埼玉のダンジョンから出ると五人は駐車場で、正人の迎えを待っていた。遅い時間なので誰もいない。周囲は暗く街灯の光で視界が確保できている。明かりに羽虫がむらがっていて、ヒナタは気持ち悪そうに見ていた。
烈火と冷夏は今回の探索について反省会を開いており、里香は早く正人にあいたいなと思いながら、ぼーっと前を見ている。
「後、五分ぐらいで来るみたいだよ」
正人と連絡を取っていた春が言った。
「おー、もうすぐじゃねーか。振り返りはこのぐらいでいいんじゃねーのか?」
「ダメですよ。烈火君は戦っている最中、周りが見えない傾向があるんだから。今のうちから直しておかないと後で大変なことになるんです」
「分かってるけどさー。もう大分話したぜ」
「いいえ。足りません。もう少し――」
「静かにして」
二人の会話を止めたのは里香だ。包んでいた布から片手剣を取り出す。その動きを見て冷夏やヒナタも武器を取り出した。
「おやおや。今日の供物は活きが良さそうですねぇ」
両手に斧を持った不審者が一人。立っていた。夏だというのにパーカーを着ていてフードをかぶっている。体格からして男性だと分かるが、それ以外の情報は一切分からなかった。
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