第60話死体操作の真価を見せてやる!

「この場にいる全員がお前たちを処分することに賛成してくれたようだし、そろそろ終わらせようか」


 正人は反論できず無言のまま。

 獣のようなギラついた眼をしたユーリは機嫌が良いままだ。


「ダンジョン内で暴れすぎた。関係者は全員つぶさせてもらう」


「…………させるわけにはいかない」


 静かな声で襲撃者は抵抗する意思を見せた。


「おいおい、この人数差でか? やれるもんならやってみろよ! そっちの方が楽しめるぜ!」


 それを面白がり、ユーリが挑発する。無抵抗で死なれるより暴れまわったほうが楽しめると、本気で思っているのだ。


 その言葉を聞いて襲撃犯は懐から、物を取り出した。


「それは……」


 正人の目に入ったのは赤くねじれた角だった。トオルたちから奪った悪魔の角だ。


「お前たちは死体を操作するスキルだと思っているだろうが、それは能力の一部を限定して使っているだけだ。本当の力を教えてやろうッ!」


 手に持っていた悪魔の角が発光した。まぶしく直視できない。

 この場にいる全員が目がつぶれないようにと腕で隠す。


「死体の一部があれば、復元して操作できるのだッ!」


 正人らが呼んでいた死体操作のスキルは、操作するためにドロップ品から魔物の復元まで可能な強力なスキルである。相応の魔力を消費するため、使ってしまえば使用者の能力は大きく落ちる上に、魔物の能力も完全に再現できるわけではない。だがそれでも、十分脅威だ。


「グァァァア!!!!」


 強力な魔力の発露とともに十七階層で出現する悪魔――レッサーデーモンが六階層に出現した。


 赤い角に黒い肌。引き締まった筋肉があり、体毛は存在しない。背中には蝙蝠のような大きな羽がある。見た目もインパクトはあるが、それよりも体からあふれ出る魔力が周囲の人間を威圧する。


 レベル三の探索者が複数いてようやく倒せる強さで、日本でもトップクラスのクランですら苦戦する相手。正人一人では絶対に勝てないモンスターだ。


「素材からモンスターを再生するか……こりゃぁ、すげぇスキルだな」


 さすがに嫌悪感を隠せないユーリは吐き捨てるように言った。

 魔力をほとんど使い切った襲撃犯は、息を荒げて座り込む。


「ハァ、ハァ、皆殺しだ。行けッ!!」


 その一言で、レッサーデーモンがユーリに襲いかかった。


「クソッ! お前らぼさっと見てるんじゃない! 操作している奴を殺せッ!」


 レッサーデーモンの拳をユーリは短槍ではじく。反撃する余裕はない。回避し続けるだけでも神経をすり減らしており、長くはもたない。さらに短槍からミシっと嫌な音が聞こえた。防ぎ続けていればいずれ破壊されてしまうだろう。


「うっす!」


「おう!」


 仁と和則の二人は襲撃犯の一人を手早く殺すと、座り込んでいる最後の一人にとびかかる。


 あと一歩で両手剣で襲撃犯の首を刈り、ハンマーで体を叩き潰すところだったが、ユーリを吹き飛ばして自由になったレッサーデーモンが、襲撃犯に覆いかぶさってすべての攻撃を受け止めた。


 ガンッと金属がぶつかるような音とともに両手剣とハンマーが当たる。しかし、レッサーデーモンの背中は傷はついていなかった。


 ダメージを与えることができずに驚愕している二人を前にして、レッサーデーモンが立ち上がると殴りつけた。


「「ブヘッ」」


 数メートル吹き飛ばされて二人は動かなくなった。首があらぬ方向に曲がっていて、レベル二の身体をもってしても一撃で死んでしまう威力を秘めていた。


「クソッったれがッ!!!!! 黒ハゲやろうめ!!」


 ユーリは立ち上がるとレッサーデーモンに立ち向かい、再び激しい戦いを繰り広げる。


 人間が容易に死んでいく展開についていけない正人だったが、しばらくしてようやく思考が動き出した。


「私はユーリさんを助ける! あとは任せた!」


 ――隠密。


 正人はレッサーデーモンの背後に回る。スキルの効果によって意識されない存在となった。

 戦闘を続けているユーリだけではなくレッサーデーモンを操作している襲撃犯すら、正人の動きに気づけていない。


 ――投擲術。

 ――肉体強化。


 スキル効果が乗ったナイフが放たれた。それと同時に隠密スキルが解除される。


 急所である頭部を狙った軌道は寸前で腕で防がれてしまう。ナイフの根元まで刺さり、青い血がレッサーデーモンの腕から滴り落ちる。レベル二だとはいえ、スキルを使えば傷つけることができることが証明された。


「良いタイミングだ! アイツらの仇を取るぞ!!」


「分かってますッ!」


 ――短剣術。


 雑に返事をした正人は、再びレッサーデーモンの頭部を狙うことにした。


 スキルで強化された肉体を駆使して跳躍する。五メートルは飛んでいるだろう。落下の勢いに逆らわず、逆手に持ったナイフが襲いかかる。


 ユーリは槍術のスキルを使い、レッサーデーモンの腕を突き刺して動きを止めてサポートした。


 正人の足がレッサーデーモンの肩につき、ナイフが額に突き刺さる。


「よくやった!」


 ユーリが歓喜の声を上げた。正人はナイフを抜き取ると、再び跳躍して離れる。


 急所を貫けばどんなモンスターも存在していられない。二人は力尽きて消えていくのを待つだけ。探索者としては当然の行動だが、今回は期待していた結果は訪れなかった。


「マジかよ……」


 レッサーデーモンが、腕に突き刺さった短槍を無理やり引き抜く。ユーリは唯一の武器を手放すことはできず、短槍ごと持ち上げられてしまった。


 振り下ろして地面にたたきつけられそうなところで、ユーリは武器から手を放す。遠心力によって吹き飛ばされ、空中で一回転して体制を整えてから着地をする。顔を上げたところで、レッサーデーモンが手に持っていた短槍を投げた。着地したばかりのユーリーは動けない。


 ――短距離瞬間移動。


 スキルを使うと同時に正人の体内からごっそりと魔力が抜けていく。もう、魔力は底をつきそうだ。


 ユーリの前に立つと迫りくる穂先をガントレットで弾き飛ばす。その代償としてガントレットは砕け、右腕も骨が突き出るほどの負傷をしてしまった。


 なぜ間に合った?


 ユーリはそんな疑問や感謝の気持ちを押し込めて正人に話しかける。


「死体だから急所を攻撃しても関係がないみたいだな」


「そうみたいですね……勝つためには動けないほど破壊するか」


「スキルの使用者を殺すだな。こっちの方が現実的だろう。さっきのスキルはもう一度使えるか?」


「すぐには無理です。少し魔力を回復させないと……」


 立て続けにスキルを使い続けて、自己回復を使用して右腕を回復している最中だ。

 正人は短距離瞬間移動を使うほどの魔力が残っていなかった。


「なら、俺が囮になって時間をかせぐ。いけるか?」


 人を殺せるか? と、ユーリは問う。

 正人は小さくうなずいて答えた。


「よし、俺の命はお前に預けた」


 そういってユーリは、正人が弾き飛ばして地面に突き刺さっていた短槍を抜きったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る