第59話日本国民として、正しいことをしようじゃないか!

 正人は、落ち着いた里香を冷夏とヒナタに任せると襲撃犯を見る。ゆっくりと立ち上がるところだった。


 奇襲をかけたときからもう一人の襲撃者の存在が邪魔で、相手は最低でも同格。隙があるように見えても安易な攻撃はできない。


 勝利するためには、スキルの同時使用をするしかないが、そうなると完全に回復していない魔力がすぐに底をついてしまう。犠牲を出さずに勝てる確率は低いままだ。


「瞬間移動のスキル持ち、それに回復もできるとは……。その可能性は思いつかなかった」


「私も死体を操作するスキルがあるとは思いもしませんでした」


 襲撃犯も兜の中で、苦々しい表情を浮かべていた。


 一度目の戦いではスキルを同時に使用して切り抜けたうえに、他にもスキルを所持していたのだ。襲撃犯の警戒心は高まり続け、この場からどうやって生き残るか頭を悩ませていた。


 この場で戦いたくない。奇しくも、両者は同じ結論にたどり着く。


「正直に言います。あなたたちとは戦いたくない。痛み分けってことにしませんか?」


 この提案は襲撃犯にとって決して悪い話ではなかった。


 死体操作のスキルを見られたために正人を追いかけていたが、ここにきて手痛い反撃をもらっている。彼らは悪魔の角を持ち帰らなければいけない理由があり、目的達成のためには戦闘は避けたほうが良いと決断を下す。


「なぜ、今更そんな話をする?」


 襲撃犯は警戒しながらも、正人からの提案を無視することはできなかった。


「私はただの探索者で、お金を稼いで無事に帰りたいだけ。今は、それ以上のことは望んでいないですよ。あなたたちが奪った物もスキルも興味はない。ダンジョンから出たらすぐに忘れてしまうほど、興味はないんです」


「……言葉だけでは信じられないな」


 襲撃犯が即否定しなかったことに、正人は手応えを感じていた。


「では、私たちは拠点で一休みして、一時間後に地上に戻ります。その間に好きな場所に移動して下さい。お互いに損のない取引ですよね?」


「…………」


 時間がたてば他の探索者に出会える可能性が高まる。騒動を聞きつけた隼人のクランが戻ってくる可能性も高いだろう。どちらにしろ時間の経過とともに正人が有利な状況に変わっていくのは間違いない。


 返事を催促するようなことはせず、魔力を回復させるとともに、正人は辛抱強く待つ。数分後、ようやく襲撃犯の口が開いた。


「良いだろう。その提案を受ける。ダンジョンを出るまではお前たちに手は出さない」


 襲撃犯が、ついに折れた。

 続いていた鬼ごっこは終わりとなる。


 緊張が続いていた冷夏やヒナタは、ペタリと座ってしまいそうなほど力が抜けて安堵していた。里香も無事に帰れるとわかり、嬉しさがこみ上げるのを止められない。


「では、拠点に行こう――ッ!!」


 正人は里香たちを拠点に戻そうと口をひらいた瞬間、この場にいる人間が増えていることに気づいた。幽霊のごとく、急に現れたことに正人は驚いている。襲撃犯も同様だ。


 魔力回復のため探索スキルを切っていたのも重なり、隠密のスキルを看破することができなかったのだ。


「それはダメだな。犯罪者を見逃すなんて、日本国民として失格じゃないのか?」


 声の主はユーリだった。堀が深く、肌は白い。女性受けしそうな、やさしい顔立ちをしているが、血に飢えた獣のような目をしている。


 そのギャップがたまらないという人もいるだろうが、少なくともこの場にいる全員は違う。何をしに来たのか誰も分からないが、その目を見れば、血を見なければ収まらないことだけは分かる。


「ボスー! 走るの速い!」


「ハァハァ……もうちょっと俺らのことを考えて欲しいって!」


 後ろから息を切らした宮内仁、古井和則の二人がくる。

 急いで走ってきたのだろう。大量の汗を浮かべていた。


「悔しかったら、さっさとレベルを上げれば良い」


 そういって部下である二人の言葉をバッサリ切り捨てた。

 短槍を肩に乗せて、舞台の主役のように堂々と歩くと、正人と襲撃犯の間に立った。


「なんだ? 二人とも不満そうな顔をしているな? 顔を隠したって雰囲気でわかるぞ」


 何がおかしいのかユーリが笑い声をあげた。ゆかいで、ゆかいで、たまらない。狂気にも似た空気を放っている。正人だけではなく、襲撃犯の二人も飲み込まれてしまい、一歩も動くことができない。


「正人、何が不満なんだ? 特別に聞いてやるよ。新人をサポートするのも俺の仕事だからな!」


 ユーリが正人の前に立つ。その隙を見て逃げようとした襲撃犯だったが、仁と和則の二人が背後に立って逃げ道をふさいだ。


「なんで……なんで、ここにいるんですか?」


「ん? そんなことを聞きたいのか。どーでもいいことを気にするんだな。まぁ答えてやるよ。アイツらを殺すためだ」


 まるで人間を殺すことが日常かのように、気負った様子はない。ユーリは自然体のままだった。


「また、なんで? って思ってるんだろ。それも教えてやる。谷口から少しは俺のこと聞いているよな?」


 ――協会幹部のお気に入りとの噂があります。


 新人教育といったのはユーリだったが、谷口は幹部のお気に入りと表現していたことを思い出し、自らが都合の良い解釈をしていたことに気づく。


 正人は二人の言葉がまじりあって「探索協会の幹部がユーリに、正人の教育を依頼した」と思い込んでいたのだ。だが実際は違う。正人がダンジョン内で死体を発見したから、目をつけられていただけなのだ。


「協会幹部の……お気に入り……」


「ほー、あのおっさんに、そこまで教えてもらったのか。お前、だいぶ期待されているな」


 正人の肩を叩いて、大きく笑う。


「俺はさ、お気に入りだから特別な仕事を回してもらってるんだよ。新人教育だってその一つだ。だがそれだけじゃない。今回の用事も表には出せない、裏側の仕事ってやつだ」


「裏側……?」


「協会にとって都合が悪い。誰かに知られてしまう前に、処分したいことってあるよな」


 ――いいですか、ダンジョン内ではモンスターに襲われることはあるが、人に襲われることはない。襲われることはないんですよ。


 再び正人の脳内に、谷口の言葉が蘇った。


「コイツらも数日前からずっと狙ってたんだよ。暴れてくれたおかげで探しやすがったぜ」


 ダンジョンで殺人は起こらない。もしそんな人間がいたら探索協会が粛正して、ダンジョンの犠牲者になってもらう。つまり、ダンジョン内で発生する殺人事件の中には、ユーリたちのような始末屋がおこしたものもあるのだ。


 法治国家ではあってはいけない考え方だが、そもそもダンジョン内では人間が作った法など無力だ。守らせるための権力が届かないのであれば、バレなければ何をしても許される。そう考える人間が出てきても不思議ではない。


 ダンジョンは人間とモンスターが争う場所であり、人同士が争うことはない。「人類はみんな友達! 協力してモンスターと戦おう!」といったイメージを作り上げるために、犯罪自体をなかったことにも出来るし、犯人の存在を消すこともできる。


 探索協会にとって都合の良い事実を作るために駆けずり回る、飼っている犬のような働きをする探索者がいたら……?


「俺の言いたいことは分かったよな。そういうことだ。ここで、アイツらと別れてしまうと、こっちが困るんだ。それに無事に地上に帰ったとして、お前ら、絶対に地上で狙われるぞ」


 ユーリの指摘で、ようやく正人はその危険性に気づいた。


 この場で別れてしまえば、確かに地上に戻れるだろう。だが素顔をさらしているため、探そうと思えば住んでいる場所すらわかるだろう。そうなったら、自分だけではなく家族までに被害が及ぶ。


 正人にとって、それだけは許せない。

 最悪の想像が脳裏をよぎり、戦意が高まっていく。


 空気の変化を感じ取った襲撃犯は舌打ちをする。

 それが、ユーリの忠告が嘘ではなかったことを証明していた。

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