第32話どっちにしようかな?

 オーガとの戦いで、正人と里香の武器は完全に破壊されていた。

 防具の方もひどい。修復するより買いなおしたほうが安いほど、状態は悪いのだ。


 財布に大きなダメージを与えることは間違いないが、壊れたままではモンスターと戦えない。そこで二人は、都内にある探索者向けのダンジョンショップで買い物をすることに決めた。


 烈火が家を飛び出す騒動の原因となった二人の買い物は、失った仕事道具を買いなおすために予定されたものだったのだ。


 正人はTシャツとジーンズといったシンプルな服装に対して、里香はタンクトップの上に薄いカーデガンを羽織っており、ゆったりしたロングスカートにスポーツサンダルを履いている。


 自動ドアが開き店内に入ると、二手に分かれた。お互いに求めている武器が、同じ場所に陳列されていないので、時間を効率よく使うために別行動を選んだのだ。


「片手剣なのは決まっているんだけど、素材が悩むなぁ」


 里香はオーガに砕かれた剣の代わりになる武器を探していた。

 前と同じようにダンジョン鉄でもいいが、六層以降の探索となると、強度や威力にやや不安が残る。冷夏やヒナタが持っていた武器の素材である、冷石や熱石を使えば申し分ないのだが、台湾からの輸入になるため値段が跳ね上がるのだ。


 だが、高いからといって諦めるには、性能が魅力的すぎた。


 レベル二になった肉体が全力で振るっても壊れることのない強度に、威力も申し分ない。なにより、剣術スキルを使えば、通常よりわずかだが威力の上昇率が向上するのだ。まだ覚えていないスキルだが、将来のことを考えれば一考の余地はあるだろう。


 ダンジョン鉄の武器より長く使える分、お買い得とも考えられる。


「むむむ……」


 元女子高生の里香にとっては高額なため、なかなか決心がつかない。迷いを振り切るために目を閉じた。


 想像するのは、六層で探索する二人。


 正人の背中に忍び寄ったオークを切り捨て、リザードマンのサーベルを受け流してから、固い鱗をバターのように切り裂く。赤い刀身の剣を使い、モンスターをなぎ倒している自身の姿があった。


「良い……最高です。これで恩を返せるかもしれない」


 自己回復のスキルで助けられた里香だが、正人からは一切の見返りを求められていない。借りがドンドン増えていき、返せる予定もない。彼女は健気にも、せめてダンジョン探索では役に立ちたいと思っていたのだ。


 とはいえ、相方の意見も重要だ。もし別の武器を望むのであれば、変えるべきだろう。そんなことを考えながら周囲をキョロキョロと見て正人の姿を探す。


 この場で見える範囲にはいない。里香はフロアの移動しようと歩き出した。


 数多くのナイフが壁に飾られているエリアに、正人がいた。気になるものがあるようで、見上げたまま動くことはない。


「何を悩んでいるんですか?」


「ナイフにするか打撃武器に変更するか、かな」


 話しながら振り返る。

 スケルトンやオーガは、素手とスキルを駆使して倒したこともあり、そもそも刃物を買う必要があるのか悩んでいた。トンファーといった打撃系の武器の方が相性がいいかもしれない。でも、使い慣れた武器の方が安心する。


 正人の気持ちは揺れ動いていて、定まっていなかった。


「これからも斥候をするのでしたら、ナイフがいいと思いますよ」


「そーなんだよね……」


 身軽なほうが動きやすく、奇襲もしやすい。ナイフは最適な武器であるのは間違いないが、物足りないシーンも多々あった。スキル抜きで考えると、オークの脂肪を切り裂くにはリーチが足りず、スケルトンの骨を砕くには威力が足りないのだ。


 そういったときは前衛の里香がフォローすればいい話ではあるが、一人で探索していたころの癖が抜けず、頼りっきりというのも性にあわないのだ。


 腕を組んで、うーん、うーんと悩む正人。

 そんな姿を見た里香が再び問う。


「ナイフ二本と、打撃系の武器を買うのはダメなんですか?」


「予算がね」


 今回の装備は貯金を切り崩して買うつもりのため、使えるお金は限られていた。また特殊個体の報告や調査が終わるまで、探索は控えるようにと指示をされている。しばらく稼ぐことすらできないのだ。


 無駄な出費は抑えたいため、両方の武器を購入するつもりはなかった。


「厳しいですもんね……」


 もちろん里香も例外ではない。しばらく収入が途絶えると思ってしまえば、先ほどの悩みも吹き飛んでしまう。ダンジョン鉄の剣で良いのではないかと、思いなおしつつあった。


「でも、命を預ける大切な武器だから、妥協はしたらいけないよね。二種類買うのは無駄かもしれないけど、どっちかに決めたら質にはこだわりたいと思っているよ」


 考えたことをただ伝えただけだったが、里香の心に強く響いた。


 妥協しようと思っていた自分を恥じるとともに、改めて正人とという存在に対して尊敬の念を抱く。


「そ、そうですよね!」


 人の意見に左右されすぎかもしれないと感じつつも、里香は否定する言葉が思い浮かばない。


「うんうん。で、話は戻るけど、里香さんはどっちがいいと思う?」


 突然突き付けられた選択。脳裏に浮かんだのは「どう答えれば正人が喜ぶ」か、だった。しかし、さきほどの言葉を思い出してすぐに考えを改める。


 命を預けるのであれば、好感度ではなく実用性で選ぶべきなのだ。とくに正人の命に直結する質問なので、余計な感情は捨て去らなければならない。


 そう考えれば、すでに答えは出たようなものだ。


「威力やリーチについてはワタシで補えるので、ナイフがいいと思います。それに打撃武器だとスキルが使えません」


「里香さんに頼りっきりってのも気が引けちゃうけど……」


 その言葉を聞いた里香が、大きく一歩踏み込んで接近した。

 身長差があるため彼女が見上げる形になっている。


 興奮しているようで距離感がおかしい。若い女性特有のほんのりと甘い香りが正人を誘惑する。里香の勢いに圧倒され、飲み込まれてしまった。


「何を言っているんですか! 頼ってください! パーティーメンバーじゃないですか!!」


「え、あ、はい! そうでした!」


 里香の胸が当たりそうになり、一歩後ずさる。だが興奮した彼女からは逃げられない。一歩前に出て正人に近づくと、距離は変わらなった。


「ナイフにします?」


「ナイフにします!」


「じゃ、さっそく買っちゃいましょ!」


 吊り上がっていた眉が一気に下がり、花が咲くような笑顔に変わった。


 勢いに押された正人は、ナイフを手に取る。


 刀身だけで30cmほどあり、墨で塗ったように黒かった。どんな環境下でも使い続けられることで有名な、アダマンタイトと呼ばれるダンジョン産の金属が使われている。重量はあるが、耐久性がずば抜けている特性があった。


「かっこいいですね!」


「うん。それに実用的だ。これにするよ」


「防具はどうします?」


「ダンジョン鉄のままかな。アダマンタイトだと重すぎるからね」


 そういうと、正人はガントレットやブーツ、胸当ても選んでいく。総額で安い中古車が買えるほどの出費になった。


 六層で探索できる目途が立っていなければ、手は出せなかっただろう。


 ――そう、六層からは稼ぎが大きく変わるのだ。


 五層までは森林や草原、遺跡となっていたが、六層は湿地帯になっている。オークやコボルト、リザードマン、二足歩行するカエル――フロッグマンなど、強力で多様なモンスターが出現するが、見返りも大きい。


 それは、モンスターが落とす素材が原因だ。


 リザードマンの鱗は鎧に使え、フロッグマンのフロッグオイルは美容品の原料となっているのだ。効果は高く非常に人気だ。高値で売れることが期待できる。


 先行投資した武器を使えば、効率よくお金を稼ぐことも不可能ではない。


 そういった事情もあり、思い切って新品の武具をそろえることができたのだった。

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