第33話似合いますか?
会計を終わらせた二人は、ダンジョンショップ内を歩いて売り場を移動する。
正人の買い物が終わると次は里香の番だ。
「何にするか決まっているの?」
「はい。これは、どうでしょうか」
里香が手に取ったのは、先ほどまで悩んでいた熱石や冷石で作られた剣ではなく、アダマンタイトで作られた剣だった。
ナイフより刀身が長いので重量はさらに上がっているが、レベル二に上がった里香であれば、武器に振り回されることはない。使いこなすのは可能だろう。
「アダマンタイトの剣でいいの? 少し武骨過ぎない?」
「ダメ、ですか?」
抱きかかえるようにして剣を持つと、上目づかいで正人を見る。
「ワタシも耐久性を重視した装備に変えようかなって思ったんです」
「……里香さんが良いと思ったのであれば、賛成だよ」
気に入った武器を使った方がモチベーションは上がるだろう。
そんな軽い気持ちで返事をする。
「ありがとうございます!」
里香が嬉しそうに笑っている顔を見て、判断は間違っていなかったと確認した。
大切な宝物のように剣を抱えたまま、売り場を移動して防具も選んでいく。こちらはダンジョン鉄製だ。防具までアダマンタイト製でそろえるには、予算と体力が足りなかった。
「試着してもいいですか?」
正人がうなずくと、フィット感を確認するために、里香は一つ一つが大きい試着室に入った。
カーテンが閉められるとガシャガシャと派手な音が聞こえる。しばらくまっていると、里香が出てきた。
「どう、でしょうか?」
首から胸、腹までダンジョン鉄でおおわれており、急所を守っている。隙間はなく、ゴブリン程度の攻撃ではびくともしないだろう。腕はヒジまで、足は太ももまでがダンジョン鉄で守られているので、今までより安全性は上がっている。
フルプレートの重装備とまではいかないが、それに近しい重量感があった。ショートカットの健康的な里香と相性は良く、彼女の健康的な印象をさらに高めている。
「安定感がありそうで良いね。里香さんの見た目ともあっているし、かっこいいと思うよ」
「ありがとうございます……!」
正人に褒められて、顔がほんのりと上気した。
気持ちが浮つくが長くは持たない。
「肩は動かしやすい? 動きを阻害する部分はあるかな?」
淡々と業務的な確認をする質問を聞いて、里香はハッと気づいたのだ。
女性が普通の服を買うのとは違うのだ。モンスターとの戦いを乗り越えるための装備を選んでいるのだから、正人ではなく装備の状態、体の動きにもっと注意を払うべきだったと思いなおす。
肩を回し、剣を振るような動作を繰り返す。軽くジャンプしたり、しゃがんだりと、戦闘でおこなう動きを丁寧に確認していった。
「前の鎧より重くはなっていますが、問題なく動けそうです」
「私が見ても普段通りに見えたよ。これを買う?」
「よかった……これを買います! レジに行ってきますね!」
「いや、いや、ちょっと待って!」
このままダンジョンに突入しそうな勢いで飛び出しそうだったので、思わず肩に手をのせて動きを止めた。
「すぐに使いたくなる気持ちは分かるけど、着替えようね」
「あ、そうでした!」
顔を真っ赤にした里香は、そそくさと更衣室に入っていく。
慌ただしい音を聞きながらしばらく待つと、私服に着替えた里香が出てくる。武骨な探索スタイルから、ロングスカートをふわり揺らした女性らしい格好に変わっていた。
お嬢様といった印象はないが、やわらかく人を安心させる魅力がある。
烈火が見たら「お前、誰だ?」と思ってしまうほど、学校にいた時とは大きく表情や立ち居振る舞いが変わっていた。
「レジに行ってきますね」
装備品を一式持っていくと、一人でレジに向かう。
使い慣れないクレジットカードを店員に渡すと、無事に会計を済ませる。
銀行口座の残高を大きく減らした二人は、渋谷の街を歩くことにした。
里香は一人暮らしを始めたばかりで、足りないものが多いのだ。今回は緊急を要する衣服を購入するつもりだった。
装備品は発送してもらうため、手荷物はない。仕事仲間と説明するには、距離がやや近く、恋人とも見える。
人混みをすり抜けて、自動ドアをくぐり、様々なブランド店が入っているファッションビルの一階に入った。
季節は初夏。真夏に向けた水着やサンダル、明るい色のバッグなどが並べられており、女性客やカップルが楽しげに見ている。本人がどう思うかは別として、正人たちも仲の良い関係に見えるため、自然と周囲に溶け込む。
「何を見に行くの?」
買いたい物などない正人は、判断を里香にゆだねる。
店内に並べられた商品を眺めながら「うーん」と、うなっていたが、ある商品の存在を思い出して目的が決まった。
「新しい水着が欲しいと思っていたんです。いいですか?」
里香の予算は厳しいが、それでも購入することを決める。
必需品ではないからこそ小さい頃からずっと憧れていて、色とりどりの水着をつけたマネキンを見ていたら、気持ちが止まらなくなったのだ。
「え、一緒でも良いの?」
「もちろんです! 意見を聞かせて下さい!」
男性の自分が一緒にそばにいて、恥ずかしくないのかと思った正人だったが、相手が気にしていないのであれば良いかと思いなおす。
「参考になるよう頑張るよ」
水着売り場に着くと、里香はハンガーを手に取って水着を一つ一つ、じっくりと慎重に見ていく。
色々なデザインはあるが、その中でもビキニだけを選んでいるようで、過激なデザインが多かった。
「うーん。これはサイズがなぁ~」
今、ハンガーにぶら下がっている水着もビキニだ。しかも布の面積が少なすぎる。特に股の切れ込みが鋭く、正人からすると下着もしくは裸と変わらないように思えた。
元女子高生が着るには過激すぎる。
どうにかして別の水着を選んでもらうために、声をかけた。
「何に悩んでいるの?」
「これ、可愛いんですけど胸のサイズがあわないんです。もうワンサイズ上がないかなーって……」
ハンガーにはカップサイズをあらわすアルファベットのDが書かれたシールが貼られていた。
正人の脳内は一瞬で「隠れ巨乳」のワードで埋め尽くされる。
抱きかかえたことすらあるのに、胸が大きいことに気づいていなかったのだ。異性として意識したことがなかったと言えば聞こえはいいかもしれないが、単純に注意不足、興味がなかった可能性もある。
必死になって邪魔なワードを押しのける。
巨乳であればなおさら過激な水着はダメだと、説得を続けることにした。
「確かにかわいいね。特に水玉のデザインが里香さんにあいそうだと思う。ただ・・・・・・個人的には、こっちの水着も似合うんじゃないかな?」
正人が手に取った水着も上下に別れたビキニではあるが、胸はタンクトップ風になっており、露出度は低い。下の部分にはフリルがついているので、過激さはかなり抑えられているデザインだ。
「ピンク色でかわいんですけど、子供っぽくないですか…?」
里香が露出度の高いビキニを選んでいた理由がこれだった。
ずっとスクール水着だけしか持っていなかった彼女にとって、ビキニとは自由と憧れ、そして大人の象徴だったのだ。
自立した生活をはじめ、大人に見える正人との関係が深まった里香にとって、子供っぽい自分を払しょくしたい。そのためであれば、大胆な水着を買うこともいとわない。そういった想いがあった。
「私はそんなこと思わないよ。こっちの方が里香さんの魅力を引き出してくれると思う。……どうかな?」
「ワタシの……魅力……」
ぶつぶつを小言を言いながら考え込むが、しばらくして顔を上げて正人を見る。
「本当ですか?」
「うん。他の人がどう思うかは分からないけどね」
「正人さんが、そう思ってくれるなら大丈夫です。この水着にしますね」
里香が認めてほしかったのは、他の誰でもない。正人だ。
彼が似合うというのであれば否はなかった。
水着を受け取ると、スキップしそうな勢いでレジに向かい、購入を済ませる。
その姿を見た正人は、心の中で安堵したのだった。
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