第31話兄貴の裏切り者!(エピローグ)
「なー、ケータイ触りすぎじゃね?」
ダルそうな声で烈火は正人に話しかけた。
昨日は夜更かしをしていたようで、リビングのソファーに頭をのせて天井を見上げている。目が半分閉じかけていて、非常に眠そうだ。
「そうかな?」
隣に座る正人はディスプレイから目を離して烈火を見た。
機械に疎く、インターネットもあまり使わない正人は、携帯電話を触る時間は少ない。一日五分しか使わないこともあり、家族から見れば異常事態とも言える大きな変化だった。
「ニヤニヤしながら1時間も触ってるぞ。何してるんだ?」
おもしろ動画を見ているのか、それともゲームで遊んでいるのか、そんな軽い気持ちで質問をしたが意外な答えが返ってきた。
「ん? チャット」
「はぁ?」
兄弟がいなければボッチな人生を過ごしていたはずの正人が、チャットアプリを使っていることに驚きを隠せない。
さらに一時間も会話を続けられる相手がいることに、驚きを通り越して動揺していた。
口をぽかんと開けたまま思考が停止してしまい、続く言葉が出てこない。
たっぷりと時間をかけて、ようやく話し出す。
「…………一時間もか? 誰と?」
「里香さんだよ」
「アイツと!?」
知り合いの名前が出たことで、ついに限界を超えた。烈火はソファーから勢いよく起き上がる。
仕事仲間なので、チャットで連絡をするのは理解できる。できるが、納得するかは別だ。女性とプライベートの会話ができるなんて、許されるはずはない。
烈火は勝手に、正人とモテない同盟を組んでいたつもりだったため、裏切られた気持ちすら抱いている。
「一緒に仕事してるからって、長過ぎじゃね? 相手の都合もあるだろうに」
批判するような目をして言う。
「この前の事件を報告しながら雑談してるからね。にしても確かに一時間は長すぎたかな」
だが、正人は一切気にしていなかった。
先ほどの小言を素直に受け入れて、反省するような言葉まで出たのだ。余裕のある態度。それが、ますます気に入らない。烈火のボルテージが上がっていく。
「あ、兄貴……もしかして…………」
全身が、わなわなと震える。
ようやく烈火の異変に気付いた正人が携帯電話をテーブルに置いて、顔を見上げる。
「烈火、どうした? 具合でも悪いのか?」
心配そうな表情をして問いかけるが返事はない。
烈火は変わらず、プルプルと震えていた。
「————合ってるのか……?」
「ん?」
「里香と付き合ってるのかって、聞いてるんだ!」
「はぁ!?」
正人は間抜けた声を上げて、立ち上がると烈火の肩をつかむ。
その烈火だが、顔は怒りによって真っ赤になり、眉も吊り上がっている。いつもよりいかつい顔になっており、道端で出会ったら、顔を背けて道を譲ってしまうほどだろう。
「抜け駆けして彼女を作ったのか!? 超、重要なことなんだ! いいから答えるんだ!!!!」
「な、なんで、そうなるんだ?」
仕事仲間と連絡していたら、弟が急にブチ切れた。
訳が分からず、正人は戸惑うばかり。
とりあえず暑苦しい烈火を無理やり引き離すと、仕方がないとばかりに小さなため息を吐いてから携帯電話の画面を見せた。
「これが彼女との会話に見えるか?」
携帯電話を奪い取り、トークの履歴をスクロールする。必死な目をしており、厳つい顔に慣れている正人ですら引いてしまうほどだ。
数分すると、次第に落ち着いていく。
それもそのはず。前回のオーガ討伐後の事後報告、事務手続きの話をしているだけだからだ。むろん、ちょっとした雑談は入っているが、軽いものだったので烈火も気にはならなかった。
むしろ、「里香を傷つけた謝罪として、自己回復のスキルカードは無償で渡す」「魔石の売上が一人三十万」「特殊個体の報告」「調査のため探索は一時休止」など、気になる内容が続いている。
「なぁ、里香を傷つけたってどうことだ?」
正人は短気な烈火を怒らせないように、言葉を選びながら口を開いた。
「誠二君の不注意で里香さんがケガをしてね。そのお詫びとして、譲ってもらったんだよ」
「ケガは大丈夫だったのか?」
「うん。傷跡一つ残ってないよ。まぁ、不可抗力な部分もあったから、あまり彼を責めたらダメだよ」
「正人兄貴が言うなら……まぁ、なかったことにするわ」
しぶしぶといった感じで納得をする。
「で、これからどうするんだ?」
「調査が入るらしく、しばらくお休みするけど必ず再開するよ。六層からが本番だしね」
「里香と二人でか?」
「同じレベルになったし、連携もしやすくなったからね。しばらくは増やす予定はないかな」
「ふーん。いつか俺も連れて行ってくれよな」
「大人になったらね」
烈火が携帯電話を返そうとして、正人の手の上に置くと、新しいメッセージが表示された。
里香からだ。【よろしくおねがいします♡】と、最後に可愛らしい絵文字が使われている。
ピシリ。携帯電話を握っていた烈火の手から異音が聞こえた。よく見るとディスプレイに薄くヒビが入っていた。
「お、おい!」
普段使わないからといって、壊されて何も思わないはずがない。焦った正人は取り返そうとして力を入れるが、烈火が全力で握っているので動かせない。
もちろん、正人がレベル二の力を全開にすれば簡単に奪い取れるが、携帯電話は無事では済まないだろう。
ギリギリと綱引きをしていると、追加でメッセージが届く。
【それと、明日、予定空いていますか……? 買い物に付き合ってもらえると嬉しいです】
「「……………………」」
お互いが無言になる。
いつもは表情豊かな烈火だが、今は無だ。外からでは何も読み取れない。メッセージを見て固まったまま。たっぷり時間をつかってから、ゆっくりと顔を上げる。
正人は携帯電話から手を離して一歩後ずさる。背筋に冷たいものが流れた。
「なぁ、正人兄貴」
「な、なんだ?」
「本当に……付き合っているわけじゃないんだよな?」
「お、おう。間違いなく仕事仲間だ」
小刻みに震えながら耐えていた烈火だが、ついに我慢の限界を超えた。手に持っていた携帯電話を叩きつけると、正人の胸ぐらをつかむ。
「じゃぁ、なんで買い物のお誘いが来るんだよッ!!!!!! 正人兄貴だけ!! なぜなんだぁぁぁぁ!!」
そう言い放つと、服をつかんでいた手をばっと離して、数歩後ろに下がって反転。半泣きになりながらドアを勢いよく開けて、裸足のまま外に出て行ってしまった。
「烈火……」
急激に変わっていく事態に理解が追い付かない。
荒々しい態度さえ変われば、女性と仲良くなれるだろうに。そんなことを考えながら見送るしかなかった。
正人が立ち尽くしていると、部屋のドアが開いた。
「兄さん、烈火となにかあったの?」
騒ぎを聞きつけた春が部屋から顔を出して質問をした。
「さぁ?」
「変なのは相変わらずだね」
すぐに興味を失い、頭を引っ込めて部屋に戻る。
ドアがパタンと閉まる音が聞こえた。
「あいつ、こじらせすぎだろ」
一人残された正人が、ため息とともにつぶやいた。
友達や彼女が欲しい気持ちは分かるが、あそこまでいくと正人でもドン引きしてしまう。弟の将来が心配になりながらも、ひび割れたディスプレイを使って、里香に返信するのだった。
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