第203話気のせいじゃない?
薬品の臭いが漂う部屋の隅に烈火は立たされていた。後ろはビーカーなどが入った棚がある。目の前には鬼のように怒っている冷夏とヒナタが腕を組んでおり、逃げ道はない。
休み時間と言うこともあって、外からは生徒の遊ぶ声が聞こえる。平和そうでいいなーなどと、烈火は現実逃避していた。
「私のどこが怖いのか、そろそろ教えてもらいたいですね」
「いや、その、あれだ。あれ。ダンジョンでの教え方が厳しくてちょっと怖かったと言っただけなんだよ! それをアイツは大げさに言いやがってッ!!」
「ふーん。他人の責にするんですね」
ますます冷めた目をする。丁寧な言葉づかいが逆に怖い。
「お姉ちゃんが怖いのはあってるから良いじゃん! それよりもヒナタがアホってどういうこと! そんなことないんですけどっ!」
今の言葉に納得のいかなかったのは冷夏だ。妹にまで怖いと言われてしまいショックを受けつつも抗議する。
「ヒナタも私の事をそんな風に思ってたの!?」
「そうだよ! いつも怒ってるから!」
「しかたないじゃん! いつもアホみたいなことばっか言うんだからっ!」
「あーーー! アホって言った! ヒナタ、アホじゃないからっ!!」
烈火を放置して双子が口げんかを始めた。年に一度あるか、ないかといった非常に珍しい光景だ。
お互いに睨み合いながら顔を近づけている。もしかしたあら、この場で取っ組み合いになるんじゃないか。そうなったら理科室はしばらく使えなくなるほど破壊されるぞ。などと最悪な結果を想像しながら烈火が止めに入る。
「二人とも待ってって! ケンカは良くない!」
「黙って!」
「邪魔しないでくださいっ!」
二人が同時に返事をした。
そしてケンカの発端となった原因がいたことを思い出す。
「お姉ちゃん。そもそも悪い噂を流した烈火君が悪いと思わない?」
「確かに。烈火君を忘れてた」
余計なことを言ってしまったと後悔しても遅い。諦めてお説教をされるしかないだろう。覚悟を決めて口を閉じる。何を言われても「ごめんなさい」と言うつもりではあった。
「あれ? お姉ちゃん。何か聞こえない?」
ふとヒナタが外を見た。続いて冷夏、烈火も窓の方に顔を向ける。
グランドにはボール遊びをしている生徒が見えた。談笑している姿もあって特に異変は感じない。
「気のせいじゃない?」
「かなー。なんか爆発するような音が聞こえたんだけどーー」
ヒナタが首をひねりながら疑問を口にした瞬間、パトカーのサイレンが聞こえた。しかも複数。さらには冷夏とヒナタのスマホが震えた。
スカートのポケットから取り出して画面を見る。谷口からのメッセージだ。彼は正人だけではなくパーティ全体の担当者となっていたのだ。
「何かあったのか?」
緊張した二人を見て、烈火が恐る恐る聞いた。
「学校の近くでモンスターが暴れているみたいです。数は多くないけどオーガが数体いて、対応している探索者が苦戦しているから応援に来て欲しいと言われてます」
「応援って武器とか持ってきてないんだろ? 無理ゲーじゃねぇか!」
「仕方ないですよ。校則で武器の持ち込みが禁止されているんですから」
学校の校則が現実世界の変化に追いついていないため、探索者であっても武器の持ち込みは禁止されていた。精神的に未成熟な男女に武器を持たせたら、銃乱射事件の様な問題が起こるかもしれないと、根強い反対が多いのだ。
確かに武器の持ち込みについて懸念があるのは間違いない。手放しで許可できることでないのは事実ではあるが、かといってモンスターが襲ってくる日常において、無手で過ごす危険性の方が高まっている。それが現場にいる職員も感じていることではあるので、学校がモンスターに襲われ、一度でも大きな被害が出れば校則が変わる可能性はある。
「それに、スキルを使えば倒せない相手ではありません」
「お姉ちゃんには『怪力』もあるしね。オーガでも首をねじ切れるかも!」
レベル三にまでになった双子は素手でも余裕があった。そのことが校則を破ろうとしない態度に繋がっている。
「谷口さんには私が行くと返事するから、ヒナタは学校に残ってもらえる?」
「どうして? 一緒に行った方が早く終わるよ!」
「私たちが転校してきた目的を忘れないで。モンスターの騒動が陽動かもしれないんだから」
「あっ! そっか!」
不審者が冷夏を狙っていたと思い出す。別れて行動すれば相応のリスクもあるが、冷夏はオーガと戦っている他の探索者と共に行動するので危険は少ない。むしろ学校に残った烈火や春を人質に取られるか、もしくは命を狙われた方が怖いのだ。
方針を決めた冷夏はスマホを操作して谷口に応援へ行くと伝える。すぐに迎えをよこすと返事が来た。さらには探索協会から薙刀も現場で貸し出すと書かれており、素手で戦わなくても済むようだ。
「私は行ってきます」
「おう。気をつけてるんだぞ」
「もちろんです」
笑みを浮かべながら冷夏が烈火に近づく。もしかしてキスされるんじゃないかとドキドキしていたが、現実は違う。
「戻ってきたらお説教しますからね。覚悟しておいてください」
恐ろしい宣告をすると顔を離して理科室から出て行ってしまう。
烈火は、がっくりと肩を落とす。それを見てヒナタはお腹を抱えて笑っていた。
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