第204話ここは二階だよ!!

「ヒナタたちは教室にもどろー」

「そうだな。飯、食べてる途中だったし」


 自分を見捨てた高田と葵は食べ終わっているだろうなと思いつつ、烈火は理科室から出ると廊下を歩く。楽しそうに話している生徒が多数いるが、ヒナタの存在に気づくと興味深そうに見る。声をかけたいが「畏れ多くて無理!」などと思っているのだ。


 また隣にいる烈火の存在も大きいだろう。他人を威圧するような風貌なので近寄りがたいのだ。


 物心ついたときから他人に距離を取られることの多かった烈火は、誰も好きこのんでこんな見た目になってないなどと、心の中で悪態をついていていた。


「お姉ちゃんのこと許してあげてね。烈火君のことを本気で心配しているからちょっとキツく当たってるかも」

「冷夏さんには大事なことを教わってるんだ。許す、許さないなんてねーよ。いつも感謝してる」


 強く有名な探索者から、直にモンスターとの戦い方を教わっている幸運を得たのだ。少々、訓練がキツいからといって恨むはずがない。むしろ本気で鍛えてもらってる実感があって嬉しいぐらいだ。


「やっぱり烈火君は優しいね」

「普通、恨む方がおかしいだろ」

「そうかも」


 クルリと反転したヒナタは烈火を見上げる。


「これからもお姉ちゃんをよろしくね」

「うっ……ま、任せろ」


 言葉にできない恥ずかしさを覚えた烈火は、つっかえながらも返事すると、外を見た。


 ここからだと学校の裏門が見える。教師の車が駐車場に止まっていて、出入り口を高齢の警備員が暇そうに見守っていた。


 いつもと変わらない。平和な光景だったのだが、背の低い子供のような集団が近づいていることに気づく。肌の色は緑色。人間ではない。


「あれってゴブリンか?」


 烈火の言葉を聞いてヒナタも窓から外を見る。レベルアップによって強化された視力がゴブリンの存在を捉えた。数は五。鉄パイプや木材などを持っている。


 ゴブリンどもは下水道に隠れて住んでいたのだが、ネズミや虫を食べ尽くしてしまったため食糧難になってしまい、群れから追い出されたのだ。人間に追われながらも近くの工事現場を襲って武器を手に入れ、腹を満たすために人の臭いが多い場所にたどりつく。


 極度の空腹状態になっているゴブリンは、年老いて肉が少ない警備員ですらご馳走に見えた。


「ゴブリンだっ! 警備員さんがあぶないよ!」


 ヒナタの叫び後で、廊下にいる生徒が一斉に裏門を見た。ゴブリンの存在に気づき、騒がしくなる。


「くそッ!!」

「烈火君! 何するつもり! ここは二階だよ!!」


 急いで窓を開けた烈火はヒナタの静止を無視して飛び降りた。地面に着地した瞬間、転がって衝撃を分散する。レベル一になりモンスターから魔力を吸収した烈火は、体が少しだけ丈夫になっていた。無傷のまま立ち上がる。


 裏門までの距離は二百メートルほど。走れば数十秒で警備員と合流できるのだが、一足遅かった。ゴブリンの方が早く動いてしまい、鉄パイプを振るう。警備員の頭に当たると首の骨が折れて死んでしまった。


「くそ野郎がぁぁああああ!!」


 烈火は走りながらスキルを使う。


 ――怪力。


 食事を始めようとしたゴブリンの前に着くと殴りかかった。


「グギャァ」


 ゴブリンが一匹吹き飛ぶ。ゴロゴロとコンクリートの地面を転がり、ガードレールにぶつかって止まる。立ち上がることはない。頭蓋骨が陥没して即死したのだ。


 残された四匹のゴブリンは烈火の存在に気づき、警備員と交互に見る。敵と戦わなければいけないのだが、先に空腹を満たしたいという欲望に負けそうなのだ。仲間を囮にしてエサを持って逃げる。などといった愚かな考えまでしていた。


「うおりゃぁ!!」


 悩んで動けないゴブリンの顔面に烈火の拳が直撃した。脳を揺さぶられて気を失い、仰向けになる。ようやく先に敵を倒すべきだと判断できたゴブリンたちが、烈火に襲いかかった。


 鉄パイプに当たらないよう後ろに下がりながら攻撃を避ける。リーチが圧倒的に違うため、先ほみたいに一方的に殴りつけることは不可能だ。


「くそッ。こいつら意外と強いッ!!」


 群れでの戦いに負けて追い出されたゴブリンではあったが、戦闘経験だけは豊富だ。三匹は一振りで倒そうなどと考えず、体勢を崩すために連携して烈火を追い詰めていく。


 チャンスが来るのを待ちながら後ろに下がっていると、裏門のゲートに当たってしまう。逃げ道を塞がられてしまったのだ。


 獲物を追い詰めたゴブリンは、鉄パイプを構えながらゆっくりと近づく。


 ――エネルギーボルト。


 光の矢が飛んでゴブリンの頭に突き刺さった。生き残った二匹が横を向く。春が立っていた。弟を助けるためにスキルを使ったのだ。


「頑張ったね! あとは任せて!」


 春の後ろから飛び出したヒナタは、手に持ったモップのグリップ部分をゴブリンに向けて伸ばし、喉に突き刺す。気管がつぶれてしまい、激しい痛みを感じ呼吸ができない。苦しみに耐えきれずうずくまってしまった。


 最後の一匹になったゴブリンは、背を向けて逃げ出そうとする。


 ――縮地。


 一メートルの距離を瞬時に詰めると、ヒナタは足払いをしてゴブリンを転倒させる。仰向けになった。ヒナタは怨みを込めながら、開いている口にモップを突き刺す。「ゴリッ」と不快な音を立ててゴブリンは動かなくなった。


 気管をつぶしたゴブリンにもトドメを刺すべく、ヒナタはモップを引き抜くと振り返る。


 頭に光の矢が刺さって絶命していた。


 ヒナタが動くよりも先に春が攻撃していたのだ。

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