第199話許さないからっ!

 里香は頭に血が上りそうになるのを我慢し、即座に状況の把握に努める。


 四人を襲っていた仮面をつけた男は全員、地面に倒れている。血を流しているので何人かは死んでいても不思議ではない。


 仲間がやられているというのに手当をするようなそぶりは見せず、フードを被った不審者は斧を振り回してヒナタを攻撃している。春は包帯を取り出して冷夏の腕に巻き、止血しようとしている。烈火は剣を構えて守る姿勢を見せながら電話をしていた。


 すぐにでも冷夏を助けたいと思うが、止血をしてもらっているのであれば後回しにて、今は戦っているヒナタの援護を優先するべきだ。


 ぎゅっと唇を強くかみしめると、里香はスキルを発動させる。


 ――エネルギーボルト。


 斧を振り回している不審者に狙いを定める。ヒナタが近くにいるのでまだ放てない。様子を見ている。


 ヒナタは斧に当たらないよう、左右にステップして攻撃を回避している。反撃としてケリを放つが、なかなか当たらない。勝ちきれないのは、不審者がレベル差を埋めるほどの対人戦闘能力を持っている他、ヒナタの人を傷つけたくないという心理的な問題の方も大きいだろう。


 冷夏や里香ほど割り切れてないのである。

 それが双子の姉に重傷を負わせた相手だとしても。


「早くヒナタの前から消えて!!」


 感情的になったヒナタが叫びながら攻撃しているが、不審者からの返事はなかった。


 あえて斧を大振りにして隙を見せると、チャンスだと思ったヒナタがレイピアを突き出す。肩を狙った一撃だったのが、体をそらされてしまいパーカーを破るだけで終わる。


 腕が伸びきってヒナタはすぐに動けない。一方の不審者は予想していた展開であり、斧を振るう準備に入る。


 その瞬間、光の矢が放たれた。


 不審者はすぐに気づき『土壁』を出現させて防いでしまう。スキルによる攻撃は失敗してしまったが、時間は充分に稼げた。


 ――細剣術。


 殺されそうになって、ようやく覚悟を決めたヒナタがスキルを使った。刀身が淡く光る。


「許さないからっ!」


 姉の代わりに報復すると言い聞かせ、良心を押し殺し、レイピアを突き出す。


「その程度じゃ当たりませんねぇ!!」


 斧で受け止めた不審者とヒナタが押し合う。


「あの女は腕でしたが、あなたは首を斬ってあげましょう」

「うるさい! キモイ!」


 思いついた罵声を上げながら力を入れているが、押し切れない。むしろヒナタの方が押されている。衝撃を放つスキルを使われたら、すぐにでも力負けてしまうだろう。


『ヒナタ! 下がって!』


 脳内に冷夏の声が響いた。すぐに動く。不審者はチャンスだと追撃を仕掛けようとしたが、周囲が明るくなったと気付いて上を見た。


「これはファイヤーボールですか。いやはや大きい。聞いていた以上の実力ですねぇ」


 持っていた斧を投擲すると火玉に接触して爆発する。


「でも当たらなければ意味が……ガハッ、ゴフッ」


 不審者の口から大量の血が流れ出て、パーカーを赤く染めていく。痛みの感じた左胸を見るとレイピアが突き刺さっていた。背中を突き抜けて貫通している。


 惜しくも心臓には当たらなかったが、重傷なのは間違いない。力が抜けていく不審者は、よろよろと後ろに下がる。


「神よ……」


 もうすぐ命が尽きててしまうと悟り、ポケットから球状の物体を取り出す。手榴弾 だ。安全ピンを外すとコンクリートの地面に落とす。コンと音を立ててバウンドした。


「たりゃあああ!!」


 近くにいたヒナタは迷わず動き、手榴弾を蹴り上げた。レベル三にまで到達し、強化された体によって上空数メートルまで上がる。


 上空で爆発した。


 全員の視線が離れたと思い、不審者が逃げ出そうとする。


「どこに行くつもりですか?」


 背筋が凍るほどの冷たい声を発した里香が後ろにいた。友人を傷つけられキレている。


 スキルを使いながら剣を二回振るい、不審者の両腕を斬り落とした。


「痛みでのたうち回りながら死んでください」


 里香が背中を蹴ると倒れる。ヒナタが開けた左胸の穴と両肩から血が流れ続けており、全身から力が抜けてすぐに目から光が失われた。


「ヒナタ、大丈夫?」

「うん! ケガなんてないよ! それよりお姉ちゃんが」


 重傷を負っていた冷夏のほうを見ると、正人がスキルを使って治療していた。烈火が電話で状況を伝えると、車を止めて『転移』スキルで駆けつけたのである。


 冷夏が笑いながらヒナタと里香に小さく手を振る。その姿を見て安堵した。


「これって正当防衛になるのかな?」


 危機を脱して余裕の出たヒナタが気になったことだ。最低でも一人死んでいる現場で、自分たちがどのように処分されるか心配になっている。


「もちろん。相手は武器とスキルを使って攻撃したんだから」


 過去にも探索者同士のトラブルは多数発生していた。その時に正当防衛の基準が大きく変わっていて、先に攻撃した側がスキルを使った場合、抵抗して殺してしまっても罪に問われることはない。


 また探索協会が里香たちを女子高生探索者として売り出し中であるため、今回のような騒動はもみ消されてしまう。そもそも表ざたになることはないのだ。


 治療を終えた正人は谷口に電話をかけると、埼玉のダンジョン付近で行われた戦闘を報告する。探索協会が全ての責任を持つからしばらく待ってほしいと言われた。


「私が警戒しているから、みんなは休んでていいよ」


 探索後の襲撃で疲れ果てていた五人は、正人の言葉に従ってコンクリート地面に座り込む。烈火は横になってしまうが誰も突っ込まない。気持ちはわかるからだ。実は、みんな横になりたいと思っていた。

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