第200話ちょ、ちょっと! 止めろって!

 正人が『索敵』スキルで警戒しているとプロペラ音が聞こえてきた。上を見るとライトをつけたヘリコプターが視界に入る。駐車場に下りると谷口の他、探索協会のメンバーが数人出てきた。


「襲撃犯はヘリに運べ! 血はすぐに洗い流すぞ!」


 谷口の指示に従って迅速に行動していく。警察とも同意が取れているため、事件は隠滅する方向で進んでいた。


 死体を回収した後は、身元の調査が行われる予定だ。探索者を狙った犯罪であればユーリにつながっているかもしれないため、手を抜くことはないだろう。


「私たちは帰っても大丈夫ですか?」

「後で聞き取りをさせてもらいますが、今はむしろ早くこの場から移動してもらえると嬉しいですね」


 清掃作業に忙しい谷口の了承を得られた。正人は『転移』スキルで車を置いたところに戻ると、運転を再開して駐車場につく。すぐに全員を乗せて出発するとホテルに泊まることにする。


 理由は、自宅が狙われている可能性があるからだ。


 今回の不審者は里香や冷夏たちだとわかって襲撃してきた。有名探索者が住んでいる地域の地価が上がっているという情報は、広く知れ渡っていることもあり、自宅の情報が漏れていないと考えるのは楽観的過ぎるだろう。


 第二、第三の襲撃を警戒するべきである。少なくとも犯人の動機もしくは襲撃の背景が見えてくるまでは単独行動は控えておくべきと、正人は考えている。


 今後も常に集団で行動できるよう五人で話し合った後、探索協会の力を利用して手を打つことにした。


 ◆◆◆


 里香たちが襲撃されてから数日後、烈火はあくびをしながら登校していた。


 スクールバッグを肩にかけながら通学路を歩いていると、見慣れた背中に気づく。兄の春だ。別の高校に通っていたのだが、襲撃事件をきっかけに烈火と同じ高校へ転校している。短期間で転校できたのも正人、そして探索協会の力があったからこそである。


「春のあに――」


 声をかけようとしたが、烈火は途中で止まってしまった。隣に見知らぬ女子高生がいたからだ。


 制服からして同じ高校だというのは分かるのだが、手を出すの早すぎじゃないだろうか。なぜ、そんなにモテるんだ。ずるい。分けてくれ! などといった嫉妬や妬みの言葉が、烈火の脳内をめぐっている。


 俺にだってチャンスがあれば彼女は作れる、大丈夫だ、焦るな……。


「春君。今日、私のお家来ない? 夜遅くまで親はいないからさ、ね、どうかな?」


 プチンと烈火の中で何かが切れた。先に卒業なんてさせない。絶対にだ。


「よう! 一緒に登校しようぜ!」


 腕を組もうとしていた女子高生を引きはがし、間に割り込んだ。女子高生は一瞬迷惑そうな顔をしたが、烈火の姿を見るとさーっと離れていく。ヤンキーに襲われそうになっていると勘違いしたのだ。


「烈火……」


 女性と仲良く歩いている自分に嫉妬しての行動だとわかった春は、ダメな弟を見る目をしていた。この余裕のなさがモテない原因であると何故気づかない。心の中で溜息を吐く。


 このことについては後でアドバイスするとして、とりあえず女性のケアを優先する。


「めぐみさん。こいいつは弟の烈火、見た目は怖いけど根はいいやつだから安心して」

「え、弟さんなの!?」


 交互に見ながら、めぐみは驚いていた。


 見た目が厳つい烈火と優しそうに見える春。タイプが両極端なのだ。血がつながっていないと言われた方が納得いくほどである。

 

「そうだよ。僕より背が高くて生意気だよね」


 見た目と違って無害な男だとアピールするために、笑いながら春は烈火の背中をパンパンと叩く。兄に逆らえず、しょんぼりとした烈火を見て、めぐみは本当に性格がいいのかもと思い始めた。作戦は成功したのである。


「春の兄貴~~」

「なんだ? 文句あるのか?」

「ねぇよ」


 ネタとして扱われていることに抗議しようと思ったが、めぐみが微笑んでいる姿を見て言葉にはならなかった。和やかな空気を壊すべきじゃないなと、ようやく冷静になれたのだ。


 先ほど芽生えた嫉妬心を抑え込むと二人から数歩距離を取る。


「邪魔して悪かったな。俺は先に行くよ」

「一緒に行かないのか?」


 にやにやと意地悪な笑いをしている春を見て、烈火は舌打ちをした。


「やっぱやめだ」


 不機嫌そうに言い放つとポケットに手を突っ込んで、先に歩き出した。


 しばらく進むと校門が見えてくる。この辺になると同じ高校に通う生徒が増えてくるが、不機嫌そうな空気を発している烈火の周辺には、ちょっとした空白地帯ができており、誰も声をかけてくることはなかった。


 気の弱そうな男子生徒なんかは、小走りで走り去っていくほどだ。


 不良仲間がいれば一人でいることもなかったのだが、遅刻してくるためこの時間は寝ている。


「おっはよーーーー!」


 背中に強烈な衝撃を感じた。怒りをあらわにしながら後ろを見る。


 スクールバッグを持ったヒナタが立っていた。後ろには腕を組み、にらんでいる冷夏もいる。二人とも烈火と同じ制服を着ていた。


「あれ? もう手続きは終わったのか?」


 ダンジョンで鍛えてもらったことをきっかけに双子と仲良くなった烈火は、先輩ではあるが、ため口をきく関係になっていた。


「そうだよー! 今日は転校初日!! これからは一緒だね!」


 ヒナタのこぶしが烈火の腹にあたり、ぐりぐりと押し込まれる。


「ちょ、ちょっと! 止めろって!」

「いいじゃーん」


 周囲がざわついている。あの見た目の恐ろしい男が一人の女子高生に対してあたふたしているからだ。

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