第180話逃がさねえよ!

「何も起こらねーよ。俺が依頼を断ったら、その仕事がなくなるだけだろ。損をするのは探索協会だけだ」

「甘い考えだな。依頼を断れない探索者に仕事が回って、多くが死んでいったんだよ」


 ユーリが隼人を憎む理由だ。探索協会に従いたくないという子供っぽい理由で危険な依頼を断り、その犠牲になった多くの探索者がいる。ユーリだって例外ではない。身の丈に合わない仕事を何度もさせられてきた。


 嫌だったら探索者をやめればいい。

 最悪、他国で働けばいい。


 事情を知らないユーリの友人たちは口を揃えていったが、そんなことできれば誰も依頼を受けないし、死んでいないだろう。


 ユーリの場合は「断れば友人がダンジョンで事故にあう」と脅迫されてしまい、逃げ出すことはできなかった。人によっては家族や恋人、もしくは別の弱みを使って強制的に従わせたケースもある。他に生きる方法を知らない探索者たちは、容易に追い込まれてしまったのだ。


 反発もしくは告発するような探索者が出そうな場合は、ダンジョン探索中の事故にあってしまう。しかも、誰かが故意に殺したであろう痕跡を残すことによって、見せしめ効果にもなっていた。


「依頼を受けたヤツらはバカじゃないのか? 断れば良いじゃないか」


 自己中心的な性格をしており想像力の欠如した隼人は、死んでいった探索者たちを馬鹿にしながら嗤った。


 この場の主導権を握っているユーリの神経を逆なでする行為である。

 もう衝突は避けられない。


「できたら苦労しねーよ」


 隼人の頭上に突如として、真っ黒な仮面をかぶった川戸が出現した。周囲に半透明の盾を浮かべながら、狙いを定めて拳銃のトリガーを引く。放たれた弾は三発。どれも隼人の頭を狙っていたのだが、致命傷を避けるように動かれてしまい、肩や胸、太ももにあたる。


 普通、三発もの銃弾を撃ち込まれれば痛みで動けなくなるが、そこは日本トップクラスの探索者。『武人』のスキルを使いながら反撃に移る。拳が川戸の顔に伸びるが、半透明の盾が間に滑り込んで防ぐ。隼人の方がレベルは高いもののユニークスキル『自動浮遊盾』によって、攻撃は当たらなかったのだ。


「お前、どこから出てきた!」


 突如として出現した川戸に驚きながらも攻撃は続けている。さらには『自己回復』のスキルを使って傷を癒やしており、徐々に川戸は押されていく。ヒビの入った半透明の盾を修復しても間に合わない。パリンと乾いた音がなると完全に割れてしまった。


「取った!」


 勝利を確信した隼人は全力で拳を突き出す。仮に攻撃がかわされたとしても、蹴りに繋がるように体を動かしていた。


 逃げ場のない川戸ではあったが、なぜか嗤っている。


 ――転移。


 これはメイ宅配便と名乗っていた女が覚えていたユニークスキルだ。正人にスキルカードを渡した後、探索協会に戻ったらユーリに襲われ、美都の強奪スキルによって奪われたのだ。


 隼人の背後に回る。


 至近距離だ。狙いを定めるまでもない。すぐさまトリガーを引いて発砲すると、銃弾は隼人に当たり、粉々に砕け散った。


 気がつくと、地面だけでなく川戸が持つ銃まで凍り付いている。


 川戸を見失った瞬間に危機を感じた隼人が、再び『凍結結界』を使ったのだ。隼人に近づくもの全てを瞬時に凍らせ、脆くさせる効果がある。体内に魔力があれば抵抗可能ではあるが、川戸の能力だと長くは持たない。すぐに動かないと氷像となってしまうだろう。バックステップで距離を取ろうとした。


「逃がさねえよ!」


 冷気を強めると地面から槍のような氷が次々と飛び出す。氷結結界は凍らせるだけでなく、隼人の近くであれば氷を自由に創造できるのだ。


 寒さによって動きの鈍った川戸は動きが遅れてしまい、半透明の盾で防ぐ。足が止まってしまった。


 隼人の拳が眼前に迫る。


 ――転移。


 一瞬にして姿が消えてしまう。川戸を探すために隼人は周囲を見回すが、見つからない。


 それも当然だろう。既にこの場にいないのだから。


 目の前の敵が逃げたと判断した隼人は、ユーリがいた場所を見る。


「……いない」


 残っていたのはジュンジュンだけだった。

 スマホに内蔵されたカメラを隼人に向けていて、配信を続けている。


「あの男はどこに行った?」


 怯えているジュンジュンは答えようとしているが、寒さによって口が上手く動かない。唇が青くなっていて、顔色も悪くなっていた。


「チッ。使えねぇ」


 感知系のスキルは持っていないが、長年の経験から隠れている敵を察知することぐらいはできる。隼人は警戒しながらユーリの居場所を探るが、レベルアップによって鍛えられた第六感がこの場にはいないと教えている。


「距離を取って監視でもしているのか?」


 そんな結論を出してしまうのも仕方がないことだ。『凍結結界』を使い続けていたらジュンジュンが凍死してしまうという焦りもあって、発動しているスキルを解除した。


「これで話せるようになった――ゴフッ」


 隼人の口から血が吹き出した。

 下を見ると左胸に短槍の穂先が出ている。


「ガハッ、ガハッ」


 短槍で胸を貫かれた以上の痛みを感じて、冷静な思考は出来ない。血を吐き出していて呼吸すらままならず、スキルを使う余裕がない。正人のように苦痛耐性を持っていれば違っていただろうが、今の隼人に現状を覆すほどの力はなかった。


 短槍を引き抜いたユーリは続けざまに頭、腹、股間を刺していく。隼人は何も出来ずに仰向けに倒れてしまった。全身から力が抜けており、瞳には何も映っていない。画面越しからでも死んでいることが分かった。


『え、マジでこんなあっさりと死んだの?』

『仮面男、つえぇぇぇ!!』

『正体が知りたい! 顔見せろよ!』

『それより通報した方が良いんじゃ』

『隼人を殺した相手を捕まえるなんて無理じゃね?』


 コメント欄は大荒れだが、誰も道明寺隼人が死んだことを悲しんでいなかった。

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