第278話 借りは返した。頑張れよ

「あえて回復スキルを封印して戦い、俺を油断させる、か。人間のくせに考えたな」


 あれほどまで生命力に満ちあふれていたボダルの体が急速にしぼんでいく。肌はシワが増えて背が縮み、魂が抜けたような表情になると仰向けに倒れた。


 鬼人のスキル効果が切れて衰弱状態になったのだ。


 指を一本動かすのですらできず、声を発するだけでも全身に痛みが走る。


「負けを認めよう……お前たちの勝ちだ」


 褒め称えるように言ったが誰も喜んではいない。犠牲が多すぎたのだ。


 上陸した探索者の生き残りは僅かである。多くが鬼族や船から発射されたミサイルによって殺されてしまった。計画の続行は非常に厳しい。


「勝者への褒美はあるんだろうな?」


「無論だ」


 ニヤリと口角を上げたユーリは地面に落ちている金棒を拾い、上空を見た。


 ――投擲。


 スキルの効果を付与されクルクルと回転しながら、金棒はドローンを撃墜した。山田やラオキア教団が情報を入手できないよう破壊したのである。


 他に監視がないことを確認してからボダルを見た。


「この島での生き残りの鬼族は何人いる?」


「山にいるレイアだけだ。他はこの場で散った」


「護衛は残さなかったのか?」


「鬼族は、な」


「どいうことだ?」


「ゴフッガハッ……」


 喋ろうとしたがボダルは血を吐き出した。無理して話し続けたことで内臓が傷ついたのである。それほどまで衰弱していた。


「鬼族は………三つの部族がある…………これで勝ったと思うな……」


 地球に来た鬼族はボダルが率いるバーディボル族の一部だ。他にも多数いるため神津島を解放しただけでは終わらない。移動手段を破壊しない限り、第二陣、第三陣が来るぞと警告したのである。


「待って! どうやれば侵略を防げるの!!」


 意識を失おうとしてるボダルに冷夏が叫んだ。


 警告したのであれば、対応策ぐらい教えて欲しい気持ちはこの場にいる全員が持っている。しかし答えは得られなかった。


 上下に動いていた胸が止まり、鬼族の族長は衰弱死してしまったのだ。


「勝手に襲ってきて、勝手に死ぬなんてズルい」


 満足そうな顔をしているボダルに向かって、冷夏は怒りを込めた声で言った。


 ムカつくので薙刀で顔を斬り刻もうとする。


「ダメだよ。それをやったらワタシたちもモンスターになる」


「お姉ちゃん。止めよ」


 里香とヒナタに腕を掴まれる。感情ではなく理性で動こうと訴えているのだ。


 人間を超える力を持ってしまったからこそ、倫理観をしっかり持たないと死んだボダルと同じモンスターとなってしまう。それだけは避けたかった。


「うん。そうする」


 冷夏から攻撃の意思が消えると、ユーリが三人に向かって話しかける。


「嬢ちゃんたちはそれでいい。綺麗な道を歩くんだ」


 自分はいくら汚れても構わない、そんなことを言いたそうな雰囲気があった。


「もちろんです。ユーリさんとは違いますから」


「言うねぇ」


 嫌みを言われてもユーリは笑って受け流した。罪深い行いをしていると自覚があるからで、里香が何を言っても傷つくようなことはない。


 後悔や懺悔は死んだ後にして今は信念を貫くために行動し続けるだけだ。


「これで正人への借りは返した。頑張れよ」


 セーフティハウスに美都を匿ってもらったお礼として、島内に潜伏していたユーリは姿を現して里香たちを助けた。脅威を排除したことによって共に行動する理由がなくなったため『透明化』のスキルを使おうとする。


「まだ探索協会を恨んでいるんですか?」


「もちろん。俺が死ぬまで変わらない」


 里香の質問に答えると姿が消えた。


 残された三人は探さずに、生き残った僅かな探索者の治療を始めることにした。


* * *


 ようやくレベルアップが終わって動けるようになった正人は、耳につけたイヤホンマイクで里香たちに連絡を取ろうとする。しかし戦闘の勢いでどこかに吹き飛ばされて、どこにもなかった。


 周囲を見渡してみても見つからない。


 ――探索。

 ――地図。


 スキルを使うと脳内にマーカーは浮かび上がったが、範囲外にでてしまっているようで青いマーカーは出てこない。里香たちのことは心配ではあるが、レベル三にもなって戦闘経験も豊富だ。


 信頼できる仲間であるからこそ周辺の探索は任せることにして、正人はボゥドが死ぬ直前で示した場所に行こうと決意する。


 ――転移。


 天上山の頂上付近を見ながらスキルを使うと、周囲が砂漠のような光景に変わる。地面は砂と岩だけ。下を見ると島が一望できる。生物の気配を感じにくい場所だ。


 この近くに何があるのか。少しでも情報を手に入れようとして、先ほど発動した『索敵』『地図』のスキルを維持しながら周囲の探索を開始する。


 大きな岩が落ちている道は砂になっていて、発射機のような魔道具がいくつも残っている。ここでボートを迎撃していたのであれば鬼族の技術力は侮れないと、正人は警戒を強める。


 風に吹き消されることなく、足跡が残っている。数からして数十程度の鬼族がいたことわかった。


 足跡を追って歩いて行く。


 砂漠だったエリアを抜けると地面に緑が戻ってきた。背の低い草が敷き詰められている場所を進む。近くに展望エリアという看板が捨てられていた。


 元々はトレッキングとして使われている場所であるため、地面は踏み固められていて足跡は消えてしまっている。草を踏んだ痕跡もないため追跡はここで終わりかと思われたが、正人が顔を上げると真っ白な塔があった。


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