第284話 取引の内容を少し変えさせて欲しい

「すごい! レイアの体がきれいになった!」


 サラは問題が解決したと感動しているが、状況は悪いままだ。良くなったとは言いがたい。


 スキルによってレイアの体は正常に戻っているものの正人が『復元』スキルを解除してしまえば、またボロボロになってしまうだろう。助かるためには彼女の体内に魔力が戻らなければいけない。


 正人は『復元』スキルを維持して崩壊し媼体を支えつつ魔力を注ぐが、溜まるような気配はなかった。


 まるで底の抜けたバケツのようだ。


 数多のスキルを覚え、レベルアップした正人だから耐えられるが、他の人では一瞬で魔力は枯渇し、追加の対価として肉体を求められていたことだろう。


「ねえ。もう助かったんだよね?」


「まだだ。レイアの魔力が戻ってこない」


「そんなぁ……」


 表情が一変してサラの顔色が悪くなる。


 涙を流さないよう必死に食いしばり、横になったままであるレイアの手を握った。


「私の魔力もわけるから。勝手に死んだら許さないからね」


 二人分の魔力が注がれていく。『異界接続』に吸われっぱなしだったが、少しずつ溜まっていく感覚が出てきた。


『魔力譲渡、伝達率100%で他人に魔力を渡せる』


 さらに正人が新しくスキルを覚えたことによって消費量を完全に上回った。


 巫女とよばれるだけはあってレイアの魔力総量は多い。乾いたスポンジのように二人の魔力を吸収していく。


「大丈夫? 無理してない?」


 完全に持ち直して余裕の出てきたレイアがサラに聞いた。


「私が渡しているのはちょっとだけ。元気だよ。それよりもあの人、マジですごい」


 緊急事態を抜け出したことで気が抜けたのか、砕けた口調に変わる。これが彼女本来の話し方なのだ。


「そうね。あり得ないほどの魔力を持っている。どれほどのスキルをもち、レベルを上げればあの境地にたどり着くんだろう。人間の中でも彼に勝てる人はいないんじゃないかな」


 鬼族を追い詰めた異世界人の中でも、正人ほどの力を持つ存在は数人しかいない。現時点でもトップクラスな上に成長する余地が残っているのだから、助けを求める相手としては最高だ。


 絶対に逃がさない。


 強者への嗅覚が鋭い鬼族の二人は、魔力を注ぎ込んでいる正人を見て改めて決意していた。


「ふぅ……疲れた」


 魔力供給が終わった。


 これで数日は対価を支払わずにスキルを維持できるだろう。


 久々に魔力を大きく消費した正人は、フラフラと地面に座り込んだ。顔を上げながら鬼族の二人を見る。


「さっきの話に戻るけど、取引の内容を少し変えさせて欲しいですね」


「詳細を教えて下さい」


 体調が戻ったレイアは体を起こして、寝ていた場所に座った。


 静かに言葉を待つ。


「二人を地球で暮らせるように手配はするけど、国には黙っておきます。だから大手を振って生活はできない。それが条件です。どうしますか?」


「どうして報告しないんです? 国に任せた方が正人さんは余計な苦労をしなくて済むと思いますが」


「信用できないからですよ。君たちを渡したら何をするかわからない」


 人間とは別の種族に人権というものが認められるかといったら難しいだろう。モンスターだと判断されたら健康的で文化的な生活など望めない。


 必要な情報を手に入れた後は、実験動物として扱われてしまう。


 言葉を交わし、話が通じる相手に、そのような未来は訪れて欲しくない。それが正人の考えだ。


 地球を侵略してきた相手に甘い判断ではあるが、助けたのに殺されてしまったら寝覚めが悪い。そう思ってしまったのだから仕方がないのだ。


「一方敵に攻撃を仕掛けた相手に情けをかけて下さるですね」


「異世界人の脅威に備えるためです。それにもしかしたら、国に保護をお願いするかもしれません。絶対に安全だと思わないようにお願いしますよ」


「もちろんです。この身がどうなろうと私は恨みません。すべて正人様の判断に委ねます」


「私はレイアと一緒ならなんでもいいよ。正人、頼んだからね!」


 サラに肩まで叩かれてしまい距離感の近さに戸惑うが、いったんは気にしないと決める。


 まだ話すことは多いのだ。


「では地球まで行きましょう。『異界接続』のスキルは好きな場所に行けますか?」


「それは無理です。使用者一人に対して接続できるのは一箇所だけですよ」


「神津島に戻るしかないか……。だったら、地球に移動後しばらく隠れててください。数日間分の食料を用意しておこうと思うのですが、鬼族は何を食べますか?」


「我々は人肉ですね」


 まさかの回答に正人は頬が引きつる。


「あ、でも私たちは肉より野菜が好きなので安心して下さい。地球でつまみ食いなんてしませんよ」


 手で口を隠しながらレイアが笑っている。


 もしかしたら、とんでもない相手と取引してしまったんではないかと、内心で焦っていた。


「もし人間に手を出したら取引の話はなくなります。自分のためにも慎重に行動することをお願いします」


「ふふふ、わかってますって」


 笑いながら返事をするレイア。正人はさらに不安が膨れ上がるが、異世界人の動向を把握するために取引の成立は必須だ。


 彼女たちを地球へ連れて行く以外の選択は取れなかった。

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