第285話 報酬は?

 三人は地球に戻ってきた。


 レイアは長期間維持していた『異界接続』のスキルを解除して、鬼族の集落と神津島のつながりを完全に消すことにする。これで鬼族は地球へ来られなくなった。しばらくは侵略者に怯えなくて済むだろう。


 探索協会に存在を知られたくない正人は、レイアとサラを白い塔に隠してから『索敵』スキルを頼りに里香たちを探す。


 山を下って旅館にまで移動すると青いマーカーが八つ浮かんだ。味方がいる。数が少ないのは気になるが合流するために『短距離瞬間移動』の連続使用で、急ぎ目的地につく。


 鬼族と人間の死体がいくつも転がっていた。


 異世界で焼け落ちた町を同じぐらい悲惨な光景である。


「何があったんだ……」


 驚愕のあまり思わずつぶやいてしまった。


 注意が散漫になってしまい、脳内に浮かぶマーカーが近づいていることに気づけていない。


「敵味方関係なく、船からの砲撃でほぼ全滅しました」


 急に背後から声がしたので、正人はナイフを抜いて振り返る。


「里香さん! 無事だったんですね!」


「ユーリさんが助けに来てくれたのでワタシたちは生き残れましたが……」

 

 悲痛な顔をしながら里香は周囲をぐるりと見た。


「誰も助けられませんでした」


 生き残ってしまったことに喜びよりも罪悪感を覚えていた。

 

 今にも死体が起き上がって、見捨てたことに恨みごとを言われそうで恐ろしい。


 自らの腕で体を抱きしめながら里香は震えていた。


「でも残った命もある。そうですよね?」


 冷夏やヒナタが重傷ではあるものの生きている四人の探索者を手当している。


 勝つために全力で戦わなければ、彼らは確実に死んでいただろう。


 失ったものばかり見てはいけない。残ったものもある。今までの行動は無駄でなかったのだ。


「本当にそうなんでしょうか?」


「もちろんですよ。私たちが戦ったことで被害は最小限に抑えられました。亡くなってしまった探索者たちの行動も含めて、すべて意味があった。それだけは間違いありません」


 犠牲者のためにも今回の戦いを次に繋げなければいけない。


 震えている里香の背を優しくさすって慰める。こわばっていた体が少しだけ緩んだ気がした。


「ん?」


 前触れもなく正人のポケットにしまっているスマホが震えた。取り出して画面を見ると、匿名アプリからの連絡だとわかる。


 相手はユーリだ。


 アプリを立ち上げてメッセージを確認する。


『そういえば一つだけ伝え忘れたことがある。埼玉支部長の山田がラオキア教団の大教祖に精神支配されている。気をつけろ』


 ついでの伝言にしては衝撃的な内容だ。返事をせずにはいられない。


『その話、本当ですか?』


『船内で『透明化』スキルを使って情報を集めた。船内に大教祖がいることもまで確認している。ヤツは山田の部屋で二人とも楽しんでいたぞ』


『そこまで深い関係だったんですね……』


 谷口が教えてくれた山田の出世履歴。その裏が分かり、正人は随分と前からラオキア教団が探索協会に入り込んでいたことに気づく。


 元々信用できない組織ではあったが、この情報を知った今は敵対しているといっても過言ではないだろう。


 現に船からの砲撃で味方ごと殺しているのだ。その考えは間違ってないと、正人は確信している。


 また日本政府だって同じようにラオキア教団の手が伸びているかもしれない。もう信じられるのは身内だけである。


『各所にスパイを送り込める理由は、大教祖が精神をコントロールするスキルを持っているからだ。あれが本気を出せば探索協会を崩壊させることも出来るだろうよ』


 現に幹部の一人を陥落させているのだから、ユーリの言う通り可能である。


 モンスターや異世界人の侵略が進んでいるのに、対抗するための組織が役に立たない。


 正人が考えているよりも地球側は劣勢であった。


『この話を聞いたら組織には頼れません。自由に動けるあなたに仕事を一つ頼みたいんです』


 頼るべき相手は決まった。


 後は行動するのみである。


『内容は?』


『モンスターが住む異世界から鬼族を連れてきました。隠れる場所を用意するので、そこまで誰にも見つかることなく輸送してください』


『異世界? 連れ出した? どいうことだ。ちゃんと説明しろ』


 何度も修羅場をくぐり抜け並大抵のことでは驚かなくなったユーリだが、今回ばかりは違った。


 まさかダンジョンではなく異世界にまで正人が行っているとは思わなかったのだ。予想の斜め上を行く話題に興味は尽きない。


 ユーリは立て続けに質問をしてきたが正人は無視する。


 詳細を伝えたいとは思っているが、上空からドローンが近づいてきたので早く切り上げなければいけない。スマホを操作している姿がカメラに映ってしまえば、山田に感づかれる可能性があるからだ。


『山の上に鬼族の女性が二人います。なんとかバレずに連れて行ってくださいね。報酬はダンジョンの真実、異世界の情報です。それでは』


 一方的に情報を伝えてから正人はスマホをポケットにしまった。


「何があったんですか?」


「すぐに教えたいけど……冷夏さん、ヒナタさんと合流してからにしよう」


 レイアやラオキア教団の話は里香だけではなく、仲間にも伝えなければいけない。


 ドローンは音声までは拾わないので船が着岸するまで猶予がある。


 正人は治療中の探索者を『復元』で回復させてから三人を連れて半壊した旅館の中へ入ると、見聞きしたことを話して今後の予定を伝えたのだった。

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