第247話 俺の演技は下手だったのか?

「殺したのか?」


 警戒したまま美都を守りながら川口が聞いた。


 いくらレベルを持っていようが人間であるのには変わらないので、普通に考えれば死んでいるはずなのだが……なんとユーリは否定する。


「コイツの二つ名は不死身だ。首を切断してもくっつければ再生するほどの生命力を持っている。骨が折れたぐらいじゃ死なねーよ」


 話している間にも辰巳の首がゆっくりと動き出していた。十分も放置していれば起き上がるだろう。


 ――アラクネの糸。


 白い糸が再生中の体に絡みつく。魔力をたっぷりと込めているので、すぐに引きちぎって行動するのは難しいだろう。


「川戸は逃走用の車をこっちに回してくれ。美都はここで待機だ」


「すぐに戻ってくる」


 指示を聞いてすぐ古民家の中に戻る。小型四輪駆動車の鍵を取りに行ったのだ。


 美都は、けだるそうに見ているだけ。襲撃されたというのに怯えた様子はない。探索協会に反旗を翻したというのに、窮屈な監視されていたことを知ってしまい、がっかりしているのだ。


 求めている自由は永遠に来ないのかもしれない。


 諦めにもにた感情が彼女の中に広がっていた。


 ユーリは美都の変化に気づいたが、先に片付ける問題があるため、声をかけることなく辰巳の頭を軽く蹴る。


「おい。意識が戻っているのは分かってるんだ。起きろ」


「……なんだ。分かってたのか。俺の演技は下手だったのか?」


 教団からの刺客が一人とは限らない。失敗した時を考えれば第二、第三のメンバーを用意している方が自然だ。


 すぐにでも襲われるかもしれないという焦りもあって、ユーリは無駄話に使える時間はない。


「お前の他に誰が俺を殺しに来る? 教団はどこまで俺を追うつもりだ?」


「らしくねぇな。少しは落ち着けよ」


 笑っているのがムカつく。ユーリは柄が曲がった短槍を腹に突き刺した。


「がはっ」


 高い再生能力を持っていようが、痛みは感じる。今は再生に集中しているため『硬質化』する余裕はなく、ユーリの攻撃を一方的に受けているしかない。


「さっさと質問に答えろ」


 短槍をぐりぐりと動かして傷口を広げていく。


「いてぇ! 止めてくれ!」


「だったら、俺を襲うヤツらを教えろ」


「わかった! だから短槍を抜いてくれ!」


「いいだろう」


 短槍を引き抜いて穂先を辰巳の眼前に突き立てた。


「俺の他に刺客は三十人いる。全員、異端審問部隊だ」


 教義に反するような人間を裁く特殊な捜査員などを異端審問官と呼ぶが、ラオキア教団の場合は内部の離反者を粛正する信者の役職として使われている。


 ラオキア教団の中でもかなり特殊な地位にいる信者なので総数は多くない。大分前から裏切ると思われて準備していなければ、三十人も動かせることはないのだ。


「全て読まれていたのか」


「大司教様は、俺が説得できたら許すと言っていた。今からでも遅くない。俺と戻ろう」


 友人思いの優しい言葉に聞こえるが、ユーリは辰巳の目の焦点が合っていないことに気づいていた。この症状をよく知っている。


 ユーリが探索協会から盗み出した危険なスキルカードの一つにあったからだ。


「お前も『精神支配』のスキルで操られているのか」


 条件をクリアすれば相手を意のままに操れる危険なスキルだ。初めのうち効果時間は短いが、短期間で何度も使い続けると伸びていき、最後は解除されなくなる。そうなったら『精神支配』スキル使用者の意のままに操られ、抜け出せなくなってしまう。


 目の前にいる辰巳は既に抜け出せないほど使われており、ユーリを助けるという言葉ですら、スキル使用者に言わされているだけなのである。


「何を言っているんだ? 異端審問部隊はもう近くにいる。早く決断してくれ!」


「…………結局、組織が変わっても俺たちは使い捨てられるだけか」


 短い槍を辰巳の頭に突き刺した。


 なぜ? と疑問を浮かべた目をしながら意識を失う。


 ユーリの全身をむなしさが襲った。


 同じ目的を持った思っていたラオキア教団と手を組んで活動していたのに、結局同じ道を進むことは叶わなかった。それどころか、追われることになってしまう。


 探索協会と同じように都合の良い男として使われ、切り捨てられてしまったという思いが強い。


 もっと早く手を切っとくべきだったと反省していると、古民家の方から爆発音が聞こえた。


「何が起こった?」


「知らないわー。自分で確認したら~?」


 自分には関係ないと言いたそうな顔をして、美都は目を閉じた。


「クソッ」


 古民家の中に飛び込むと、ユーリは土足のまま室内を走って車を止めている場所に着く。


 炎上する車を囲んでいる黒ずくめの集団がいた。手には銃がある。


 地面には川戸が横たわっている。血だまりが出来ていて、生きているのか死んでいるのか分からない状態だ。


 怒りで我を忘れそうになるのを必死にこらえ、体内に残っている魔力の大半を消費してスキルを使う。


 ――アラクネの糸。


 放射状に白い糸が放たれた。不意を突かれた黒ずくめの男たちを絡め取る。脱出しようとしている間に、ユーリは川戸に駆け寄って体を触る。心臓は動いていた。今はそれだけ確認出来ればよい。


 すぐに持ち上げると、逃げるために背を向けて走り始めた。

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