第268話 抵抗しても無駄だ

 正人たちは必死に戦っていると、柄の左右に斧と槌がついたハルバードを持つ谷口がやってきた。甲板に上がってきた半魚人に向けて振るうと、体を上下に分断して倒してしまう。引退しても実力は衰えていない。新人よりも役になっている。


 半魚人の顔から常時発動している状態異常攻撃にも耐えており、押され気味だった状況を改善するほどの活躍をしていた。


「おじさん強かったんだっっ! すごーーーい!」


 レイピアで半魚人の頭を突き刺しながらヒナタが笑っていた。逃げ場のない場所でモンスターに襲われているが、冷夏や里香、正人が無事であれば、どんな状況でも受け入れて楽しめているのだ。


「おじさんじゃない! まだ、お兄さんです!」


 最近になって加齢を気にしていた谷口は大声で抗議しながらハルバードを振るい、斧の刃で半魚人の足を切った。くるりと柄を回転させて槌の部分で頭を叩き潰す。


 ぐしゃりと音がして青い血が飛び散った。


 地上で繁殖した個体であるため死体は残っており、周囲に血なまぐさい臭いが漂う。


 返り血を思いっきり浴びてしまった谷口は、全身が青くなって不衛生に見える。


 偶然近くにいた冷夏が嫌そうな顔をした。


「手伝ってくれるのは助かるんですが、絶対に近寄って欲しくない」


「だねー。お姉ちゃん、あっちの方に行こうーっ!」


「そうしよっか」


 双子は去ってしまった。酷い仕打ちだと感じるかもしれないが、中年男性の扱いなんてそんなものだ。


 厳しい対応をされるのも珍しくはないのだが、だからといって全員が同じ対応をするとは限らない。優しく接する人もいる。


「大丈夫ですか? これで顔を拭いてください」


 里香は薄いピンクに花の刺繍があるハンカチを差し出していた。


 後光が見えてしまい、谷口はまるで女神のようだと感じる。彼女のためなら頑張ろうなどと思うと、激しい頭痛に襲われた。


 大教祖の顔が一瞬だけ浮かび、先ほど芽生え始めた感情が摘み取られる。『精神支配』スキルが命令に反するような考えを消したのだ。


 谷口は一度しか使われていないため、時間が経てば効果は薄れるが、数日間おきに何度も『精神支配』スキルを使われてしまったら一生抜け出せなくなる。


 この恐ろしい事実に誰も気づけてなかった。


「ありがとうございます」


 ハンカチを受け取ると顔に付いた青位置を拭き取って無造作にポケットにしまう。


「洗って返しますから」


「いや、いいです。捨ててください」


 すぐに洗える状況でもないため、血は取れないだろう。うっすらと残るはずだ。そんなものを使い続けたくはないので、里香はいらないと断ったのである。


「わかりました」


 いつもより無感情である谷口のことは気になったが、また半魚人が甲板に上がってきたので里香は急いで現場に向かう。


 残された谷口は余計な思考を止めてハルバードを振るう。


 感情はストンと抜け落ちていて非常に不気味だ。


 最後まで元に戻ることはなく、戦い続けることになった。


◇ ◇ ◇


 正人をはじめとした探索者の活躍もあって船を襲っていた半魚人はすべて倒したが、無事だとは言いがたい状況だ。瀕死の重傷を負った人もいれば、恐怖によって精神が錯乱してしまう人も出ている。


 無事だった探索者も疲労は蓄積していて疲れ切っており、甲板で横になっていた。


 特に縦横無尽に移動していた正人のパーティの消耗は思っていたよりも激しく、予定を遅らせてでも船を止めて休息する時間が必要だ。


 山田は計画を半日遅らせる決断をすると、全体に自由時間を与えると告知をした。



 戦いが終わった正人は、部屋に戻るとベッドで横になっている。


 多くの半魚人と戦っていたおともあり耐えがたい拾うと睡魔に襲われており、すぐに瞼を閉じた。


 夢を見ないほどの深い眠りについているが、鍵が開場されてドアノブが回ると、目を開いてナイフを手に持ちながら起き上がる。


 ドアが半開きになっていた。


 ――探索。

 ――地図。


 スキルを使うと脳内に船内のマップとマーカーが浮かび上がる。ドアの前にはなにもなく、廊下を動く青いマーカーはいくつもあって以上は感じなかったが、誰かが侵入しようとしたのは間違いない。


 里香たちの無事を確認するべく、部屋に不審なマーカーが存在しないか確認すると、ドアの前で止まっている存在に気づく。色は青だ。人なのは間違いない。


 来客であれば部屋の中にいる里香は動くはずなのだが、そういった気配は感じなかった。


 探索者の勘が危険だと教えてくれる。部屋の前の景色を思い出しながら、正人は即座にスキルを発動させる。


 ――転移。


 先ほど前でイメージしていた場所に立つと、不審者の背後から腕をねじり上げて首にナイフを突きつける。


「抵抗しても無駄だ」


 暴れようとしたので腕をさらにねじり上げて止めた。


 照明をけされているため薄暗い。近づいても顔が分からない。


 ――ファイヤーボール。

 ――暗視。


 近くに小さな火球を作り出すと、薄暗い空間でもはっきりと見えるようになった。


「谷口さん?」


 里香の部屋の前にいたのは探索協会の職員であり正人の担当である男だった。手には青く変色したハンカチがある。


「あはは……」


 笑って誤魔化そうとしているが、正人は見逃すわけがない。


 腕を解放することなく、話を続けろとナイフを持つ手に力を入れてさらなる言葉を待っていた。

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