第267話 絶対、甲板にあげるなっ!!

 八咫烏やハーピーを倒した後もモンスターの襲撃は断続的に来ている。しかも上空ではなく海からだ。


 半魚人が船に上り何度も侵入を試みている。距離が近いため船に備え付けた砲弾は使えず、探索者はアサルトライフルを海に向かって撃ち、迎撃している。


「絶対、甲板にあげるなっ!!」


 正人が大声で叫び、探索者たちは死にたくない一心で無数に湧いてくる半魚人を打ち続ける。


 体は人間と似たような作りだが、水かきがあり、頭は魚の形をしているので非常に不気味だ。濁った目で見られると恐怖心が湧いてしまう。正人の『状態異常耐性』が弱く反応しているところから、何らかのスキルが発動されているとわかる。接近されたら半狂乱になる人もでるはずだ。


 数人でも正気を失ってしまえば、戦況は不利になるだろう。


「くるな!!」


「きもいんだよッ!!」


「海に帰れ!!」


 誰もが無意識のうちに近づかれたら終わりだと感じ取っており、銃弾を節約するなんて考えはなく発砲を続けている。


 補給物資は大量にあるので弾切れの心配はなく誰も止めることはしない。そんな戦況を埼玉支部長の山田は広い操舵室から眺めていた。隣には谷口がいてスマホで撮影している。戦闘記録を取っているのだ。


「もう十分撮影したので止めていいですか? そろそろ全力で排除した方が良さそうに思えますが」


 指示を出さずに黙って見学している山田に聞いた。


 様子見は終わりにして半魚人の討伐に力を入れて欲しいと意見をしたのである。


「ダメ。もっと記録して」


 協会に提出するわけでもなく、録画を続けることに疑問を覚えた谷口だが、下っ端職員でしかないため命令に従うしかない。


 スマホの位置を調整しながら撮影を続け、戦況を確認する。


 先ほどまで優位に進めていたのだが、数体の半魚人が甲板に上がってしまった。近くにいる探索者は腰を抜かして座り込んでしまう。噛みつかれそうになっていた。


「あれ、死ぬと思う?」


 楽しそうに山田が話しかけてきた。それどころじゃないと、反抗心が芽生えた谷口は無視して状況を見守る。


 肩に噛みつかれて探索者は悲鳴を上げてしまう。肉を食いちぎると半魚人は、そしゃくせずに飲み込んだ。人肉の味を気にいると、今度は口を大きく開いて頭を丸呑みにしようとする。


 次の瞬間、半魚人の頬に冷夏の拳がめり込んだ。『怪力』スキルの効力もあわさって横に吹き飛び、甲板の上をゴロゴロと転がる。止まったところで、大量の銃弾を叩き込まれて倒されてしまった。


 負傷した探索者には正人が『復元』のスキルを使って治療をしており、すぐ戦線復帰できるだろう。


「小娘たちも結構戦えるようね。少し甘く見ていた」


 撮影を続けながら谷口が振り返った。


 感心している山田が真後ろにいる。


 年齢にあわない甘ったるい香水のにおいが漂ってきて、不快な気持ちになる。


「正人さんの影に隠れていますが、彼女たちも一流ですからね。そこら辺にいるモンスターじゃ勝てませんよ」


 覚えているスキルの差はあるが、レベルで言えば四人とも同じ。レベル三だ。


 日本でも到達している人は少なくトップレベルである。さらに戦闘経験も積んでいるため、半魚人ごときに後れを取るほど弱くはない。上ってくる半魚人を叩き落としながら戦っている。


「まぁ、確かにそうね……撮影は、もういいから谷口も半魚人を倒しに行って」


「本気で言ってますか?」


 元探索者であるため戦うことはできる。新人よりまともに動ける自信もあるのだが、そもそも戦いたくないから引退して探索協会の職員になったのだ。


 船が落とされそうなら別だが、まだ優勢である状態で参戦したいなんて思わない。あまりにも部下の心情を無視した命令に、さすがの谷口も苛立ちを隠せない。


「もちろん」


 反抗的な態度をされても気にすることなく、スマホを渡せと手を伸ばした。


 最後は命令に従うと確信があるのだ。


 悲しいことに予想が外れることはない。谷口はしばらく考え込んでいたが、スマホを山田に渡すと操舵室のドアに手をかける。


「ああ、そうだ」


「なんでしょう?」


 また無茶な命令をされるんだろうと予感した谷口は、うんざりとした声を出しながら振り返った。


 見知らぬ男が一人いた。


 目が合うと意識がぼんやりとしてくる。


「本当にこいつは利用できるのか?」


 男は山田の胸を触りながら聞いた。


「正人の専属として付いている職員です。必ず役に立つときが来ますよ」


 嫌がるどころか恍惚した表情を浮かべながら、山田は男の耳元でささやいた。


 目の焦点は合っておらず、正常な思考が出来ているとは思えない。


「お前がそこまで言うのであれば、使える男なのだろう。私の主義に反するが、こいつも手駒にする」


 胸から手を離すと谷口の前に立つ。


 顔を掴まれて二人の目が近づいた。


「ラオキア教団の大教祖だ。これからは探索協会ではなく、この私に従え」


「……断る」


 僅かに残った理性を振り絞って、谷口は否定の言葉を口にした。


 だがそんな抵抗は無意味である。周囲にはラオキア教団の関係者しかおらず、誰に邪魔されることなく時間をかけて『精神支配』スキルを使えるからだ。


「私に従え」


「…………」


「従え」


「……………………わかりました」


 ついに谷口はうなずいてしまった。


「よろしい。また私が話しかけるまでは、今まで通り過ごすように」


 そのまま命令を聞くと、操舵室から出て行ってしまった。


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